Happy Birthday, Cecil!!

「はいオッケー! 音也くん、セシルくん、お疲れ様ー」
「お疲れ様でした!」
「おつかれさま、でした」
 雑誌の写真撮影の仕事を終えた二人は、スタッフ達に一礼した後、着替えるために楽屋に戻った。
「にしても、俺とセシル……って、なんか珍しい組み合わせだよね」
 音也が楽屋のソファに腰を下ろして、息をつきながら言う。学生時代寮で同室だったトキヤや、同じクラスだった真斗や那月と一緒に仕事をしたことは何度かあるが、セシルと、というのは初めてのことだった。
「そう、ですね。オトヤと一緒に撮影、初めてです」
 セシルは音也の言葉に頷いた後、前の開いた、瞳と同じエメラルドグリーンの民族衣装を脱ぎ、傍にあったハンガーにかけた。それを横目で見ながら、セシルもだいぶ日本に馴染んできたのだな、と音也はしみじみと思う。最初はハンガーというものが何かということすら知らなかったらしく、手に取ってじろじろと眺めたり、針金を無理矢理横に引っ張ってみたりしていたものだ。音也と春歌がこう使うものだということを根気よく教えたおかげで、もうすっかり扱いには慣れたらしい。
 最初シャイニング早乙女に、セシルの面倒を見てやってくれ、と言われた時は驚いた。異国の地アグナパレスの王子で、愛島、という名字を持つ不思議な少年。今まで会ったことのないタイプの相手に、最初はただただ戸惑うばかりだったが、元々明るい性格の音也だったから、セシルと打ち解けるのにもさほど時間はかからなかった。
 音也も着替えようと、持ってきたバッグの中を探っていると、あるものが目に留まった。今朝、ここに来る前に本屋に寄って買ってきたギター雑誌だ。音也は着替えるのも忘れてそれを取り出し、再びソファに座って、ページをめくり始めた。
 すると上半身だけ着替え終わったセシルが手を止めて、後ろから雑誌を覗き込んできた。
「それは何ですか? オトヤの弾くようなギターがたくさん載っている」
「ん? ああ、これはギター雑誌だよ。新しく出たギターのこととか、有名なギタリストのインタビューとか載ってるんだ。たまに買うんだよね。見てるだけでわくわくするからさっ」
 楽しげな口調で言うと、セシルも頬を緩めてページを見つめた。
「色んな種類のギターを見るのは、ワタシもとても楽しい。一緒に読んでもいい?」
「もちろん! 横、座りなよ、セシルも」
 音也がソファの隣の部分を手で叩くと、セシルは頷いてソファの前に回り、ゆっくりと腰を下ろした。
 ページをゆっくりめくりながら、二人は着替えるのも忘れて雑誌を読むのに熱中していた。前々から欲しいと思っていたエレキギターが載っているのを見つけた音也が、溜息混じりにこれ欲しいんだよねぇ、と言うと、セシルが不思議そうな顔をした。
「欲しいなら、何故買わないのですか?」
「え、だって高いじゃん。さすがに今はまだ手が出せないよ」
 アイドルとして仕事をするようになったとはいえ、まだまだ新人の音也に、新品のギター一本易々と買えるようなお金はなかった。今持っているギターに愛着があって、簡単に乗り換えたり手放す気になれない、というのもあったけれど。
 セシルはそれでもまだ不思議そうな顔をしていた。
「でも。ここにあるギターを買うくらいなら、すぐできる。なんなら、ワタシが全部買い占めてもいい。音也に一本、プレゼントする」
「ええっ、いや、別にいいよ! そんなの悪いし……何より、自分のギターは自分で買いたいから」
 そう言うと、セシルはようやく納得したようだった。安堵しながら、音也は思わず溜息をつく。
「……なんていうか、さすが王子様は価値観が違うなぁ……」
 雑誌に載っているギターを全部買い占めるなんて、夢のまた夢だ。たとえできるようになったところで、そんなことをするという発想自体、おそらく音也には浮かばないだろう。普段セシルが王子であることを意識する機会はそうそうないが、やはり住んでいる世界が違うんだな、と音也はしみじみと感じた。
 それから何枚かページをめくったところで、音也はページの隅のコーナーを指差した。
「ここ、星占いが載ってる! こういうのって別に真剣に信じてるわけじゃないけど、ついつい見ちゃうよね。えーと、おひつじ座は、っと……」
 音也が自分の星座のところを見ている横で、セシルはよくわからない、と首を傾げていた。
「星占い……? それは一体なに?」
「星座ってあるだろ、おひつじ座とかおうし座とか。それで一ヶ月の運勢が分かるんだよ。書いてあることが全部本当、ってわけじゃないけどね」
 そういえば、と音也はセシルに尋ねる。
「セシルって何座? というか、誕生日って、いつ?」
「ワタシはさそり座。誕生日は10月31日です」
 その瞬間、音也は驚いて思わず反射的に立ち上がった。
「えええ!! 10月31日って今日じゃん! じゃあセシルの誕生日って、今日?」
「YES。その通りです」
「し、知らなかった……言ってくれても良かったのに!」
「聞かれなかったから、わざわざ言う必要はないと思って」
 どうしよう、と音也は真剣にうろたえていた。そういえば今まで、セシルの詳細なプロフィールをいちいちチェックしたことがなかったことに気付く。知っていたのは愛島セシルという名前と、彼がアグナパレスの王子ということだけだ。
 自分と同時期に早乙女学園を卒業し、新人アイドルとしてシャイニング事務所に所属するようになった者達の誕生日は、きちんと事前にチェックして、皆でプレゼントを用意して祝っていた。だが今回は事前に知らされていなかったから、プレゼントも何も用意していない。
「えーと、えーと……」
 考え込んだ挙げ句、音也はぽんと手を打った。
「そうだ! 今はこんなことしかできないけど」
 こほん、と咳払いをして、音也は持っていた雑誌をテーブルの上に置き、立ったまま軽く声出しをする。
「あー、あー」
 声の調子を整えてから、音也はその場に立って、口を大きく開けた。
「ハッピーバースディトゥユー、ハッピーバースディトゥユー、ハッピーバースディディアセシル! ハッピーバースディトゥユー!!」
 馴染み深いバースデーソングを歌って、音也はセシルに拍手を送る。
「セシル、お誕生日おめでとう! 何もプレゼント用意してなくてごめんな」
 申し訳なさそうに頭を掻く音也の手を、セシルは立ち上がってぎゅっと握った。その表情は、今まで自分の前で見せたことのないような満面の笑みと、喜びで満ち溢れていた。
「オトヤの歌は本当に素敵です! ココロに響きました。ワタシにとっては、どんなことより嬉しいプレゼントです」
「そう? なら良かったよ」
 セシルは音楽を深く愛する国アグナパレスの王子。彼なら形あるモノよりも、音楽の方がもしかしたら喜んでくれるかもしれない――そう思ったら、案の定だったようだ。
 だがそれだけでは、音也の気が済まない。セシルが握ってくれた手を、今度は音也が力と思いを込めて握り返す。
「帰りにケーキ買って帰ろうぜ! みんな忙しいかもしんないけど、来られる人だけ部屋に呼んで、セシルの誕生日会しよう! なっ」
「嬉しい……オトヤ、ありがとう。こんなにも嬉しい誕生日は、はじめてです」
 セシルがしみじみと喜びを噛み締めてくれているのを見て、音也もまた満ち足りた気分になるのを感じていた。
 愛島セシル。出会ったばかりの頃は不思議な存在で、どう接すれば良いのか分からなかった時もある。だが王子なんてのはただの肩書きで、中身は音也たちと同じ、年相応の素直な少年だと分かってからは、心から友人、仲間だと思って接するようになった。それは今でも変わらない。音楽を純粋に愛する、とても素直な少年。多少の文化の違いはあっても、心では通じ合えていると、音也は信じていた。きっとそう思ってくれているのは、セシルも同じだろう、と。
「早く早く! ケーキ、売り切れちゃうかも!」
 素早く着替え終えて、音也が待ちきれないと言ったようにセシルの手を握って楽屋を出る。セシルは少々慌てながらも、嬉しそうにそれについていった。
「待ってください、オトヤ! なんだかワタシより嬉しそう……」
「当たり前だよ! セシルの喜ぶ顔が見られるのが、俺も嬉しいんだ!」
「オトヤ……ありがとう」
 セシルが握る手に力を込めてくる。それを同じくらいの力で握り返しながら、音也は自分の誕生日を祝ってもらったのと同じくらい大きな嬉しさを感じていた。
(2011.10.31)
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