全てを捧げたいひとへ

 しゃらん、と鈴の鳴る音が聞こえる。
 ぴんと伸ばされたつま先から一直線、雲のない青空を見上げる彼女の顔は凛々しい。結われた桃色の髪がふわりと揺れ、布が一瞬だけ彼女の顔を隠す。くるりと回って踊りを終えた彼女に、クロムは遠くから思わず見とれていた。
 まるで羽が生えているようだとクロムは思う。重力に逆らってしなやかに跳ね上がる脚、宙を舞っているのではないかと錯覚するほどの軽やかなステップ。自分にはとても真似できない動きだ。
 幼い頃剣の扱いを教わってからというもの、鍛錬は欠かしたことがなく、最初の頃と比べると随分軽やかに剣を扱えるようになってきたものだと思うが、オリヴィエの動きはそれとはまた違う種類の軽やかさだ。
 オリヴィエは踊り終わると、ふう、と息を吐いて顔を上げた。クロムは隠れていた木陰を出て、ゆっくりと彼女の方へ足を向けた。クロムの靴音に気付いたオリヴィエが、はっと身をすくませる。クロムは予想通りの彼女の反応に苦笑しながら、オリヴィエに声を掛けた。
「いつ見ても、素晴らしい踊りだな」
「ク、クロム様! ご覧になっていたんですか!? は、恥ずかしいです……!」
 きゅ、と身体を縮こまらせて、顔を真っ赤に染めてしまうオリヴィエに、クロムの頬は思わず緩む。こんなにも人を惹き付ける踊りをするというのに、当の本人はとても恥ずかしがり屋で、こうして練習しているところを見られるのを極端に嫌がるのだ。
 彼女と普通に言葉を交わせるようになった今でも、彼女の反応は変わらない。それでもどうしても彼女の舞が見たくて、行軍の合間の休憩中はいつも彼女の姿を探してしまうクロムがいた。
「もっと堂々としていればいいのに。オリヴィエの踊りは、人を元気にさせる力がある」
「そ、そんな……わ、私、そんな、まだまだで……」
「謙遜しないでくれ。実際、俺は今オリヴィエの踊りを見て元気になったんだから」
「うぅ……」
 ますます縮こまってしまう彼女を見ながら、クロムは軽く笑って目を細める。反応は変わらないものの、最初のうちは目が合っただけですみませんと言ってその場から逃げ出していたことを思うと、こうして言葉が交わせるようになったことは純粋に進歩なのではないかと思う。その進歩が嬉しくて、クロムは既にそれを手放せなくなっている自分に気付いていた。
 いつもならそれで終わってしまうのに、意外なことに、オリヴィエは次の言葉を継いだ。
「で、でも……」
「でも?」
「あの……クロム様にそう言っていただけて、その……嬉しい、です……」
 オリヴィエの唇に、微かな笑みが浮かんだ。――それが引き金となった。
 クロムは懐にしまっていた指輪を取り出し、手のひらの中に入れて隠しながら背後でこっそりとそれを転がした。これを、オリヴィエのあの、白く細い指に。それを思うだけで、気分が高揚するのを感じた。
「なあ、オリヴィエ。話があるんだ」
「はい……なんでしょうか」
「俺の、妻になってくれないか」
「え、えええっ!?」
 案の定の反応だ。信じられないと言わんばかりに口に手を当てて声を上げた後、固まってしまっている。クロムは指輪を取り出して、それをオリヴィエに見せた。オリヴィエはそれを見つめて、まだ固まっている。
「ずっと考えていたんだ。オリヴィエの笑顔を見るだけで、俺は幸せになれる。その幸せを一生続けていけたら、どんなに幸せだろうってな」
「ク、クロム様……」
「指輪……受け取ってくれないか?」
 オリヴィエは未だ信じられないというように、唇を微かに震わせていた。クロムの顔とその手のひらの上にある指輪を交互に見て、確認するように視線を送ってくる。クロムの答えは、無論変わるわけがなかった。何度確認されても、同じだ。この指輪を引っ込める気などあるはずもない。
「オリヴィエ……俺が嫌いか?」
 ずるい訊き方だ、と思いながらも、クロムは聞かずにおれなかった。オリヴィエはすぐさま首を横に振った。
「そんなこと……! そんなこと、わ、私も、クロム様のことを……愛して、います……」
 赤面しながらもはっきりと言い放ってくれたオリヴィエを抱き締めたい衝動に駆られた。だが、この指輪を受け取ってくれるまでは、と我慢する。
「私で……本当に、私でいいのですか?」
「オリヴィエ以外の女性なんて、俺には考えられないよ」
 力強い口調でそう言うと、オリヴィエはすう、と息を吸い込んだ。安堵するようにゆるゆると息を吐き出しながら、おそるおそる、といった様子で、指輪に手を伸ばす。白く細い指が、クロムの手に触れた。それが答えだった。
「嵌めても、いいか?」
 オリヴィエがゆっくりと頷くのを確認してから、クロムは指輪を手に取って、それをそっと、彼女の左手の薬指に嵌めた。吸い込まれるように、指輪はぴたりとその場所に収まった。張り詰めていた空気がゆっくりとほぐれていく。オリヴィエは瞳を潤ませて、クロムを真っ直ぐに見つめていた。
「クロム様……私、とっても幸せです……」
 その唇から、満面の笑みが零れ落ちる。
「オリヴィエ……!」
 我慢していた心が解き放たれて、クロムはオリヴィエを思い切り抱き締めた。きゃ、というオリヴィエの驚いた声も、すぐに歓喜の声に変わる。
 愛する者を見つけた幸せ。愛する者をこの手に抱ける幸せ。その全てを、クロムは全身で感じ取っていた。

 そのはず、だった。


「大変だよ、お兄ちゃん!」
 ギャンレルを倒し、戦争を終結させた後のこと。
 結婚式を目前に控え、イーリス聖王となった重責を感じつつもそれ以上の幸福を感じて浮き足立っていたクロムの前に、焦った表情のリズが現れた。仕事を中断させて、気分転換にと書斎の窓から城下町を眺めていたクロムは、何事かと開け放たれた扉の方を振り向いた。
 リズの知らせは、とんでもないものだった。
「オリヴィエさんがいなくなっちゃったの! 城の中、どこ探してもいないんだよ!」
「何だって!?」
 クロムは目を剥いた。オリヴィエはフェリアの生まれということもあってイーリスのことは詳しくなく、婚礼を控える身としても、城からはなるべく出ないようにと言いつけてあったし、何よりあの恥ずかしがり屋のオリヴィエが自分から積極的に街に繰り出そうとするなど、考えられなかった。
「今、外も探してもらってるけど……見つかってないみたい。どこに行っちゃったんだろう……」
 心配そうなリズを制して、クロムは書斎を出た。長い城の廊下をひたすら走り、城門をくぐって外へ出た。城下町では兵士達が慌ただしくオリヴィエの所在を探し回っていて、市民達は遠巻きに何事かと見つめていた。
「オリヴィエは見つかったのか!」
「はっ、それがまだ……申し訳ありません!」
「探すぞ。どんなことがあっても、必ず見つけ出す!」
「はっ、クロム様!」
 気が狂いそうになりながら、クロムは城下町をかけずり回った。フレデリクと数人の兵士を連れて、外の森や草原も探し回ったが、ついには見つからなかった。
「オリヴィエ……一体どこにいるんだ、どこに……!」
 焦燥感に駆られ食事も喉を通らなくなったクロムの思いとは裏腹に、オリヴィエの姿を見つけた――という知らせが入ったのは、それから一週間後のことだった。


 しなやかに伸ばされた白い脚が宙を蹴る。結われた桃色の髪が跳ね上がり、彼女の瞳は蜘蛛の巣のかかった、オレンジ色の照明を映し出した。布に見え隠れする彼女の表情は、どことなく寂しげで、そして悲しげだった。
 酒場中に充満する、むさ苦しい男たちの荒い息遣いを感じながら、クロムは気が狂いそうになっていた。この空気を、あの彼女も吸っているのだと思うと我慢がならなかった。何度も足が出て、そして止まった。近くにいた男たちは、そんなクロムの様子を鬱陶しげに見上げ、再び彼女の舞に没頭していった。
 舞が終わり彼女が頭を下げたところで、男たちの欲にまみれた野次が飛ぶ。彼女は赤面しながら、舞台裏に引っ込んだ。途端に不満の声が洩れ出す。クロムはいてもたってもいられなくて、酒場の裏口に回り込んだ。
「ちょっとお客さん、困るよ」
 酒場の主人の言葉など、今のクロムには耳に入らなかった。舞を終えて乱れた髪を整えている彼女の楽屋代わりの粗末な部屋に足を踏み入れると、彼女はびくんと身体を震わせ、後ろを振り向いて、悲鳴の代わりに鋭く息を呑んだ。
「ク、クロム……様……!」
「オリヴィエ、探したぞ」
 オリヴィエは表情を曇らせて、くるりと身体を翻した。
 フェリアの酒場で、再びあの舞姫オリヴィエが踊るようになった――そんな噂をどこかで聞きつけたというバジーリオは、クロムに真っ先に報告してくれた。いてもたってもいられなくなり、自分が迎えに行くと言って、一人でフェリアに乗り込んだのだ。
 自分を拒絶するかのように向けられた背に覆い被さるように、クロムは彼女を後ろから抱き締めた。オリヴィエは何故か抵抗するように、手を振りほどこうとした。
「いけません、クロム様……」
「何故だ。婚約者を抱き締めていけない法など、フェリアにも存在しないだろう」
「で、ですが、私は……」
「教えてくれ。何故イーリスを出たんだ。俺のことが嫌いになったか、それとも」
「違います! そうじゃありません……」
 力一杯否定するオリヴィエの細い首筋に、クロムはすがるように頬を擦り寄せた。
「なら、何故なんだ。教えてくれ。俺の納得する答えをくれないか」
 オリヴィエはしばらく口をつぐんでいたが、やがてぽつりぽつりと話し始めた。
「……私……聞いてしまったんです。お城の侍女たちが、私の噂話をしていること……」
「噂? 一体どんな?」
「私は他国の人間で、卑しい身分の踊り子だから……クロム様なんかと釣り合うはずがない、と……」
「そんなことを……!」
 ふつふつと湧いてきた怒りに任せて、クロムはオリヴィエを一層強く抱き締めた。回した腕の上に、ぽつり、と雫が落ちてきた。
「私、クロム様と一緒にいて、楽しくて、笑顔になれたことが嬉しくて……そればかり考えて、自分の身分を弁えていませんでした。何一つクロム様と釣り合うことなどないのに、結婚の約束まで受けて……怖くなりました。こんな私が、クロム様と一生を添い遂げていいはずがないって」
「何を言うんだ、オリヴィエ! お前は俺が選んだ女だ。お前は俺が間違っていたと言うのか」
「私がいけないんです。私でなくても、きっとクロム様を笑顔にしてくださる方が他にも……他にも、きっと」
 絞り出すような声に、我慢ができなくなった。
 クロムは思わず、傍にあったベッドにオリヴィエを押し倒した。王宮にあるものとは違い、粗末な、固いベッド。けれど、そんなことはどうでもよかった。
 オリヴィエは驚いたような表情で、クロムを見つめていた。瞳が揺らいでいる。軽く抵抗しようとする腕を強い力で押さえ、クロムはオリヴィエの唇をさらった。
「んん、……んっ……」
 やや乱暴に彼女の唇を食み、舌をねじ込んだ。歯列をなぞり、一度唇を離すと、彼女の瞳の動揺が、一層大きくなっていた。
「オリヴィエ、俺はお前しか考えられない。お前以外に誰がいると言うんだ。お前が俺のことを嫌いになったのなら、俺は大人しく身を引こう。だがそうでないなら、」
「でも、いけません……! クロム様にはきっと、他にふさわしい方が」
「そんなことを言わないでくれ! 気が狂ってしまいそうだ」
 クロムは縋り付くように言って、再びオリヴィエの唇を奪い貪った。こうして彼女に触れるのは久しぶりのことで、身体はすっかり熱を上げていた。身体の芯から叫び声が聞こえる。オリヴィエが欲しい。この愛しい女を、離したくない。
「クロ、ム、さま……ぁっ」
 自分の名を呼ぶ彼女が愛おしくてならなかった。唇を存分に味わった後、クロムは彼女の纏う薄い布からはみ出した、細い鎖骨に口付けた。これが先程はあの男たちの前に晒されていたのだと思うと、怒りと嫉妬で気が狂いそうになる。これを独り占めしても良いのは自分だけだと、そう誓う儀式の前に、彼女は逃げ出した。
 婚礼前の女性に手を出すなど、紳士のすることではないと重々承知していた。それでも堪えられなかった。クロムは彼女の纏う薄い布を引き剥がし、白い肌を顕わにした。
「いけません……クロム様っ」
 オリヴィエの制止の声も、怒りと嫉妬と悲しみに囚われているクロムには届かなかった。桃色の双丘に口付け、唇で吸い付く。
「ぁあっ」
 オリヴィエが身体を仰け反らせた。彼女への愛おしさが溢れてくるのが分かった。女性の裸体に触れるのは初めてのことだったが、クロムに迷いはなかった。
 薄い布越しに、桃色の茂みが見える。その白い布が、うっすらと濡れているということも。
 人差し指でゆっくりと撫でると、オリヴィエがぴくぴくと身体を震わせ嬌声を上げた。
「そこ、は、だめです……だめ……」
 口ではそう言うのに、そこからは蕩けるような蜜が溢れ出す。これが女性の興奮している証だと、クロムは悪友から教わったことがあった。それを意識した途端に、クロムの芯に火が付いた。何度も何度もその場所に、指の腹を擦りつけた。その度に指が濡れていくのが、たまらなく興奮した。
「あっ、やぁっ……だめです、クロム様、やめて……やめて、ください……もう……」
「オリヴィエ、本当のことを教えてくれ。気持ちがいいんじゃないのか、本当はお前も興奮しているんじゃないのか」
「わ、わたし……私そんな、あぁ、クロム様ぁっ……!」
 クロムは我慢できずに、最後の布を取り去った。彼女の恥毛に包まれた花弁が顕わになる。ねっとりとした蜜でてらてらと光り、まるで何かを誘い込むように、入り口がひくひくと動いている。クロムはその場所に、ゆっくりと指を差し込んだ。途端にきゅう、と締め付けられ、クロムは思わず顔をしかめた。オリヴィエは何かに堪えるような顔をして、真っ赤になってクロムを見つめていた。
「お前が俺以外の男を知っているのかどうかは知らないが……最初は痛いものだと聞いた。だから……痛いなら言ってくれ。無理強いは決してせん」
「……クロム様、っあぁ……私、私は、」
 オリヴィエが少し身体を起こし、クロムに向かって手を伸ばしてきた。クロムは指を引き抜き、少しかがんで、それを受け入れる。オリヴィエはクロムの背に手を回し、ぎゅ、と抱き付いてきた。愛おしさが込み上げ、クロムはそれ以上の強い力で、オリヴィエを抱き締めた。
「私は……クロム様以外の男性なんて、知りません……だ、だから、初めてで……よく、わからなくて、へ、変な気持ちに……私……」
「安心しろ、俺も初めてだ。正しいやり方なんて知らんが……それでも、いいか?」
 クロムの問いに、オリヴィエは涙を目にいっぱい溜めたまま、うなずいた。
 クロムはオリヴィエを優しくベッドの上に横たわらせると、身体を引いて、彼女のひくついた花弁に口付け、溢れ出てくる蜜を啜った。
「あっ、だめです、クロム様! そんなところ……汚いです……」
 オリヴィエがいやいやというように首を振って太股を閉じようとするが、クロムはそれを手で押さえつけ、僅かに開いた穴に舌を差し込んだ。次から次へと蜜が溢れ、止まらない。
「すごいな……女性の身体というものは……こんなに溢れるものなのか」
「は、恥ずかしいです~! クロム様、そんなこと言わないで……」
 真っ赤になって相変わらずいやいやとするオリヴィエに、クロムは優しく笑いかけた。そして再び、その場所に指を添わせた。潤滑油のおかげで、つぷん、とそれはあっという間に中へと吸い込まれた。
 締め付ける肉の合間で、クロムの指が乱舞する。その度にオリヴィエは身体を反らせ、よじり、嬌声を上げた。クロムの息が上がり始めた。同時に、今までにないくらい、自分自身が固く大きくなっていることに気付いた。ベルトを外し下着を脱ぎ捨て、締め付けられていたそれを解放する。クロムのされるがままに喘いでいたオリヴィエが、ふと、クロムの下半身に潜むそれに気付いて、驚いたように声を上げた。
「ク、クロム様……あの……そ、それは……」
「ああ……これか。すまないが、俺もだいぶ興奮してしまってな……そろそろ限界らしい」
「それが、クロム様の……」
「怖いか?」
 オリヴィエは少し逡巡した後、首を横に振った。
「いいえ。だって、クロム様の一部ですもの……」
「そうか。良かった」
 受け入れてくれたオリヴィエに安堵と感謝の気持ちを覚えつつ、クロムはその先端をオリヴィエの花弁に押し当てた。
「オリヴィエ……挿れても構わないか?」
 オリヴィエは迷うことなく、こくりと頷いた。
 先は指のようにするりと中に入ったが、それ以上奥へ進もうとすると、オリヴィエが苦痛の表情で激しく息を吐き始めた。きっと痛いのだろうとクロムは悟った。それ以上進めずにいると、オリヴィエが身体を起こして、クロムの首に抱き付いてきた。
「クロム様……気にしないで、ください……私、クロム様のこと受け入れたい……クロム様と、一つになりたいんです……だから」
「オリヴィエ、でも痛いんだろう」
「いいんです。それよりも私、クロム様と繋がっていたいんです……」
 そう言うと、オリヴィエは繋がった箇所を確認しながら、ゆっくりと腰を下ろし、クロムの方へ尻を近づけてきた。ベッドが軋む音がする。
「っ、ぁあ……」
 顔を歪めながらも、オリヴィエは一生懸命自分の身体にクロムを埋め込もうとしてくれた。クロムはその苦痛が少しでも和らぐように、オリヴィエの背を撫で、彼女に口付けた。やがてオリヴィエは根元までクロムを受け入れてくれた。二人の間に笑顔が咲いた。
「クロム様……! これで、やっと一つに……なれました……!」
「本当だな……オリヴィエ、愛している。お前以外の女など、これまでも知らなかったし、これからも知るつもりはない。お前だけに、俺を捧げたい」
「私も……クロム様に、一生尽くします。私の身体も心も全部、クロム様だけのものです……」
 オリヴィエにプロポーズをした時と同じ笑顔が見られたことに、クロムは感動していた。自分はこの笑顔に惚れたのだ。男女の情など知りもしなかったクロムをその気にさせたのは、彼女のこの表情だった。
「動いても……いいか?」
「はい」
 彼女の返答を聞いてから、クロムはゆっくりと腰を動かし始める。時折オリヴィエが顔をしかめるものの、ゆっくり、ゆっくり、愛撫するように動くと、次第にその表情も減っていった。
「お前は温かいな……ずっとこうして繋がっていたくなる」
「クロム様……嬉しい」
 彼女にだけ苦痛を味わわせるわけにはいかないと、クロムは彼女の恥丘を指で軽く刺激を与えた。するとオリヴィエが一際大きな声を出して喘いだ。
「ぁあぁっ、そこ、は、クロム様……」
「ここがいいのか、お前は」
「私、は、あぁっ、だめぇっ……」
 オリヴィエが一層強くクロムを抱き締めてくる。クロムは腰を激しく動かし始めた。急激な射精感に襲われ、クロムはそれに堪えながら、オリヴィエの耳元で尋ねた。
「オリヴィエ……中に、出しても……いいか……?」
「はい……クロム様を、いっぱい、感じたいから……あ、ああっ、ああぁっ……! クロム様ぁっ――!!」
「オリヴィエ……!!」
 深くまで突き上げると、オリヴィエが叫んで身体を大きく仰け反らせた。同時にクロムの先端から熱の塊が飛び出し、オリヴィエの中へと注がれる。
 二人はしばらく脱力したまま、ゆっくりと抱き締め合っていた。


 少し落ち着くと急激な羞恥が襲ってきたが、クロムはそれを気にしないようにして、酒場の固いベッドにオリヴィエを横たえた。オリヴィエもそれは同じようで、顔を真っ赤にしたまま、クロムの顔を見ようとしなかった。
 ふと、クロムは彼女の左手の薬指に変わらず嵌められた、婚約指輪を見つけた。
「捨てないでいてくれたんだな……」
 彼女の白い指に自分の日焼けした指を添わせると、オリヴィエの指が微かに震えた。
「……はい……これは、クロム様の大切なものだから……捨てるわけにはいきません」
「本当に……それだけか」
 オリヴィエは目に涙をいっぱい溜めていた。薄く紅の引かれた唇が震え出し、彼女の目尻から、ダイヤモンドが一粒、零れ落ちた。
「クロム様が私にくださった大切なものだから……愛するクロム様との、繋がりの印だから……捨てることなんて、できませんでした」
 それだけで十分だった。クロムは再び、彼女に口付けた。
「お前がそう思っていてくれて、俺は嬉しい。嫌われたのでなくて、良かった」
「嫌いになんて……大好きなクロム様を嫌いになることなんて、できません」
 クロムは安堵の息を吐いた。
「周囲の雑音など気にしなければいい。お前は俺が伴侶と決めたんだ。誰にも文句は言わせん」
「クロム様……」
「オリヴィエ、俺と結婚してくれるな? もう逃げずに、俺と一生添い遂げてくれるな?」
 オリヴィエの美しい桃色の髪を左手で梳きながら、真っ直ぐに彼女を見つめる。今度はオリヴィエもこくりと頷いた。
「もう決して、クロム様のお側を離れません」
 二人はどちらからともなく、深く深く、口付けを交わした。
(2012.11.5)
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