解き放つ心

 湯浴みを済ませたイングリットは、今日から夫婦の寝室となる部屋にいた。
 下着の上に白いガウンだけ羽織った今の状態は、どうにも落ち着かなくてそわそわする。更にこれから起こることを考えて、イングリットはますます落ち着かない気持ちになった。
 ベッドに浅く腰掛け、うつむく。そうして今日一日のことを、ゆっくりと思い返していた。
 パルミラの次期国王の結婚式は、国を挙げて盛大に執り行われた。イングリットは朝から化粧を施され、白いドレスに身を包み、これから夫となる次期国王クロードに終始寄り添っていた。
 パルミラは何もかも、祖国ファーガスとは全く違っていた。気候、民族衣装、音楽、言語、食事――そういったものから始まって、中でもイングリットの心に強烈に印象に残ったのは、騒々しいと表現するにふさわしい宴だった。
 結婚式は始終厳かに、宴の席でも羽目を外しすぎないのが普通だと考えていたが、パルミラはそうではないらしい。とにかく酒を飲み、皆で陽気に歌いながら、身分の垣根を越えてその時間を楽しむ。ファーガスだけでなく、フォドラのそれとはあまりに違いすぎる光景だった。面食らって固まったままのイングリットを見て、驚いただろう、とクロードは笑っていた。クロードは少年のような輝きを持った瞳で、目の前でどんちゃん騒ぎを繰り広げる人々を楽しそうに見つめていた。
 クロードは士官学校時代からこういう宴が好きだった。何か行事が催されるたびに、学級の中で、あるいはその垣根を越えて宴を開きたがっていたのを思い出す。そのルーツがここにあったのだ、とイングリットはようやく得心がいった。
 それにしても、とイングリットは思う。士官学校にいた頃は、こんな未来が待っているなんて想像もしなかった。許婚のグレンを喪った後も、ダフネルの紋章を持って生まれた時点で、自分の運命はほぼ決められたものと思い込んでいた。
 だが、家を出奔し、クロードや先生のいる同盟軍に身を寄せてから、自分の運命は少しずつ変わっていった、ように思う。グロンダーズでディミトリ率いる旧王国軍と対峙した時、その思いは確信に変わった。グレンを喪ったあの悲劇の元凶が帝国にあるなら、自分はディミトリと共に戦うべきだったのかもしれない。襲いかかってくるかつての同胞に刃を向けることに対し、躊躇いがなかったといえば嘘になる。だが、イングリットは同盟軍に残って戦う決断をした。その一因となったのが、今イングリットの隣で笑う夫、クロードだった。
「なあ、いいもんだろう? お前はこういうの、あんまり好きじゃないかもしれないけど、さ」
 クロードが楽しそうにこちらを窺ってくる。イングリットは紅の引かれた唇を緩めて、小さく頷いた。
「ええ」
 最初は確かに面食らったが、人々が歌って踊る楽しげな光景に、イングリットは徐々に心を揺り動かされていた。その返事を聞くが早いか即座に立ち上がり、行こうぜ、と差し出されたクロードの手を、イングリットは躊躇いもなく握っていた。
 輪の中心で、クロードとイングリットは踊り明かした。貴族としてのたしなみ、騎士としてふさわしい振る舞い、己を律する心――王国にいた頃に持ち続けていたそれらのものを、イングリットはこの場で全て手放すことにした。最後まで持っていた羞恥を捨てた途端、急に肩の荷がおりて、足の動きが軽やかになったような気がした。最初はクロードに導かれるままに、しかし最後は自分の手と足で思う存分に踊り明かし、歌まで歌うイングリットに、今度は逆にクロードが面食らった顔をしていた。
 宴が終わった後は捨てていたはずの羞恥心が戻ってきて、イングリットは俯いてもじもじする羽目になってしまったが、クロードはこの上なく満足げな笑みを浮かべていた。
「お前の歌、なかなか良かったぞ。あんなふうに楽しそうに歌えるもんなんだな、大聖堂でしか聴いたことがなかったから、知らなかった」
「あ、あまり言わないでください! 恥ずかしい……」
「いいじゃないか。そんな可愛いお前も見られて嬉しかったぜ、俺は」
「ク、クロード……」
 何を言われても気恥ずかしくて、俯くことしかできないでいると、クロードは愛おしげにイングリットの赤く染まった頬にキスをした。彼の体温が直に伝わってきて、イングリットの心臓が跳ね上がる。思わず顔を上げると、クロードの翠玉色の瞳と目が合った。途端に、まるで瞳に吸い込まれてしまったように、身体が動かなくなる。
「……今日はお疲れさん。夜はゆっくり休んでくれ、と言いたいところだが」
 クロードが耳元で囁いてくる。彼の息づかいが間近で伝わってきて、イングリットの鼓動が高鳴った。
「一応、初めての夜、なんでね。部屋で待っててくれるか? 後で行くから」
 あ、とイングリットは間の抜けた声を出していた。今日は朝から結婚式が問題なく終わることだけを考えていたし、宴で踊り始めてからは脳内が解放感で埋め尽くされていたので、その後のことを全く考えていなかった。
 心臓が早鐘を打つ。イングリットは熱に浮かされたようにぼうっとなりながら、こくこくと頷いた。
「は……はい」
「ん。じゃ、また後でな」
 クロードはひらひらと手を振ると、その場を去って行った。


 宴で踊って歌ったことについては、思い返すだけでひどい羞恥に襲われる。ああ、とイングリットは両手で頬を挟み、溜息をついた。あんな自分は初めてだった。確かに楽しかったし、これまでに感じたことのない解放感に包まれて心地よかったのは事実だ。事実だが、他国から来た次期王妃のお披露目の場で、あんな姿を晒してしまったことを考えると、とてつもない羞恥に苛まれる。顔から火が出る思い、とはまさにこのことだ。
 はあ、と溜息をついていると、コンコンと扉を叩く音がした。
「は……はい」
 イングリットは慌てて顔を上げ、上ずった声で答えた。
 扉を押し開けて入ってきたのはクロードだった。自分と同じく湯浴みを済ませてきたのだろう、茶色いローブに身を包んでいる。
「すまん、待たせて悪かった」
「い、いえ」
 そわそわと立ち上がりかけたイングリットを、クロードはいいから、と言ってベッドに座らせ、自分もその隣に座った。
 宴の時もこれ以上ないくらい恥ずかしい思いをしたが、今も同じくらい、落ち着かない。どうしてもクロードと目が合わせられない。そんなイングリットを見て、クロードは軽く笑った。
「なんだ、緊張してるのか?」
「そ、それは」
 当たり前です、といつものように毅然とした態度で返す余裕もなく、イングリットは視線を泳がせた。
 クロードは手を伸ばし、イングリットを抱き寄せた。互いの温もりと鼓動が直に伝わる。
「はは、本当だ。お前の心臓、どくどくいってる」
 彼に自分の余裕のない状況が知られるのも恥ずかしかったが、それ以上に、イングリットは驚いたことがあった。クロードの鼓動も、自分と同じくらい速かったのだ。いつ何時でも常に余裕の笑みを崩さず、今も涼しい顔をしているように見えるクロードが、自分と同じくらい緊張しているのか――にわかには信じがたかったが、彼の鼓動は確かにその事実を告げていた。
「クロード、あなたも……」
 ゆっくりと顔を上げると、ん、とクロードも笑って見つめ返してきた。
「バレたか。そりゃ、初めてだろう? 緊張しない奴の方がおかしいって」
「でも、いつもあなたは涼しい顔をしているし、今だってそう見えて……」
「そういう顔に生まれちまったからな、こればっかりは仕方ない」
 クロードは苦笑した。
 イングリットの緊張が、少しずつほぐれていくのが分かった。自分ばかり余裕がなくて、彼の手のひらの上でずっと転がされているような感覚を、これまで何度も味わってきた。だが、今日は違う。彼も同じように緊張しているのだ。
 イングリットはくすくすと笑いながら、クロードと正面から相対した。
「クロード、あなたも人の子なのですね」
 クロードはええ、と驚いたような抗議のような声を上げながら、不本意な様子で眉根を寄せた。
「なんだそりゃ。お前には俺が感情のない人間にでも見えてたのか?」
「いいえ。でも、あなたはいつも何を考えているか分からないから。今はそれが分かって、ちょっと安心しただけです」
「そうか。ま、色々言いたいことはあるが、お前の緊張がほぐれたんならよしとするか」
 クロードはそう言って、いつもの余裕の笑みを浮かべた。
 どちらからともなく、口づけを交わす。いつもよりも長いキス。クロードが舌を伸ばしてきた時は驚いたが、イングリットは離れることなく、同じように舌を伸ばして絡めた。
「んっ、……ふ……」
 水音と息づかいが鮮明に伝わってくる。
 唇が少し離れると、名残惜しいとでも言いたげに、銀の細い糸が二人を繋ぎ止めた。イングリットは身体が火照り始めているのに気付いた。キスだけでこんなふうになるなんて思いもしなかった。少しばかり潤んだ瞳でクロードを見つめると、クロードの翠玉の瞳もまた、睫毛の下で切なげに揺れていた。
「イングリット」
 いいか、と聞かれて、イングリットは躊躇いなく頷いた。クロードの手が伸びてきて、ガウンをゆっくりと剥いでいく。頼りない下着だけとなって、イングリットは再びそわそわとして俯いた。
「綺麗だ」
 対するクロードはイングリットを上から下まで眺めながら、ほとんど無意識のようにそうこぼした。イングリットを見つめるクロードの息づかいが、少しずつ荒くなっていくのを感じた。
「あ、あなたも、脱いでください」
 視線に耐えきれずにそう言うと、そうだったな、とクロードは我に返ったようだった。ローブを脱ぎ、同じ下着姿でイングリットと相対する。
 一番に目がいってしまったのは、既に下着の中から明らかな主張を続けている彼の屹立だった。男性が興奮している証だ。イングリットの鼓動がまた速くなった。
 あまりまじまじ見る間もないまま、クロードに再び抱き寄せられ、二人は口づけを繰り返した。身体全体に火照りが回って、今度はイングリットの下腹部が熱くなっていくのを感じる。彼と同じで自分もまた、興奮しているのだ。イングリットははっきりとそれを自覚した。
 口づけを繰り返しながら、クロードの手がイングリットの下着をすり抜け、片方の乳房へと伸びた。一瞬驚いてきゃっ、と小さく声を上げると、クロードはにやりと笑った。
「へえ。ずいぶん可愛い声、出せるんだな」
 イングリットの頬が、興奮ではなく羞恥で真っ赤になる。らしくない声を上げてしまったこと、それを彼にさらけ出してしまっていること。宴の時に自分を解放してしまって、後で後悔したのと同じ状態だ。
「も、もう! からかわないでください!」
「すまん。悪気はなかったんだが」
 大きな手でゆるゆると揉みしだきながら、クロードは指の腹でイングリットの突起を転がした。敏感な部分を擦られるたび、何度も声を上げそうになりながらも我慢していると、クロードはイングリットの耳元に唇を寄せた。
「我慢すんな。お前の声、もっと聞きたい」
「あっ、んっ、クロード……はぁっ……」
 彼の言葉をきっかけに、堰き止めていたものが一気に崩壊する。イングリットの口から洩れ落ちる艶っぽい声を聞きながら、クロードは心底満足そうに笑ってみせた。
 クロードの手が乳房から離れ、少しずつ下りていく。そうして下着越しに秘所へと行き着いた時、イングリットは思わず身体を震わせた。
 誰にも触られたことのない場所。許婚だったグレンにすら触れられたことのない場所。下着越しにクロードの指を押しつけられているだけで、イングリットは思わず溜息をついてしまうくらいの幸福に満たされた。
 下腹部から蜜が溢れ出してくるのを感じる。既にイングリットの下着はぐっしょりと濡れそぼっていて、クロードは目を見開いていた。
「お前、もう、すごいことになってるぞ……」
「や……言わないで、ください……クロード……」
 こんなにも自分の身体がクロードを切望していたなんて。それを知られるのが恥ずかしくてたまらなかった。だが一方で、それを彼に知って欲しいという気持ちも芽生えていた。二つの気持ちを天秤にかけて、僅かに後者が勝ったその時、クロードはそれを悟ったかのように、微笑みを見せた。
「嬉しいよ、俺は。お前がこんなに、俺を思ってくれて」
 シーツの海に身を投げ出した後、下着を脱がされた。茂みの中を探られて、クロードに直に触れられる。初めてのはずなのに、すっかり潤いきったその場所は、容易にクロードの侵入を許した。
 弓を射る逞しい指。自分の手を取って、この異国の地まで導いてくれた指。それが今、自分の一番恥ずかしい場所に挿れられている。
「あぁん、あ、そこ……だめ、……っ」
 指を何度も出し入れされて、イングリットはあまりの快感に身悶えした。シーツが乱れ、幾重もの波を作る。自分が今とても恥ずかしい姿でいることは分かっていたが、いつものままでいるなんて到底できそうになかった。クロードの荒い息づかいが、イングリットの下の茂みを揺らす。
「イングリット、お前、すごく、やらしくて、可愛くて、最高だ……」
「も、そんな、こと、言わないで……くださ……っ」
 口ではそう言いながら、やらしい、とか、可愛い、と言われたのが舞い上がりそうになるくらい嬉しくて、泉のように蜜が溢れ出してきてしまう。
 平常時なら、やらしいなんて言われたら、そんな言葉は女性に言うものではないと、クロードに懇々とお説教してしまうに違いない。だが今は違う。男性と一糸纏わぬ姿で相対するのは初めてで、自分のような色気のない女がクロードを満足させられるのだろうかと頭の片隅で不安に思っていたイングリットにとって、その言葉は最上級の褒め言葉だった。
「俺も、そろそろ……我慢できそうにない、な」
 クロードはそう言うと、イングリットの中から指を引き抜いた。下着を煩わしげに脱ぎ捨てると、先程から主張を続けていた彼のペニスが露わになる。
 イングリットは少し身体を起こしてそれを見つめた。クロードの、指とは比べものにならないくらい太くて硬いもの。血管が浮き出て、赤黒く反り返っている。その先端から透明の液が溢れ出しているのを見て、イングリットはあっ、と小さく声を上げた。
 思えば、自分たちが下着姿になった時、ペニスは既に硬く屹立していた。そこからイングリットの中がクロードに十分に慣らされる間、ずっと彼は我慢し続けていたことになる。
「クロード、あなたの、これは……」
 イングリットは身体を起こして、彼の先端に触れた。透明な粘液が白い手に纏わり付く。彼の我慢と興奮の印だ。イングリットはこれまで自分ばかりが快感を享受していたことに気付いて、申し訳なく思った。
 対するクロードは彼女に気付かれたと知って、ああ、と嘆息した。
「あんまり見られたくなかったんだけどな。何というか、余裕ないよな、今日の俺は」
 情けない、と溜息をつくクロードに、イングリットはきっぱりと首を横に振った。
「情けなくなんかありません。むしろ、私の方こそ、あなたにしてもらうばかりで……ごめんなさい」
「いや、そんなこと気にしなくていい。俺はお前が気持ち良さそうにしてくれて嬉しかったんだから」
「でも……」
 なおも食い下がるイングリットに対し、クロードは問答無用とでも言いたげに正面から抱きしめた。イングリットの耳元に唇を寄せて、囁く。
「じゃあ、今からお前の中に挿れてもいいか?」
 イングリットの心臓が、とくん、と跳ねた。
 いよいよ、この時が来たのだ。彼と自分が繋がる瞬間が。腰を動かし、屹立したペニスを軽く秘所に押し当てられて、イングリットはびくんと身体を震わせた。指よりも太くて硬いこれが、今から自分の中に挿れられようとしている。彼と繋がれることが嬉しくてたまらない一方で、自分やクロードがどうなってしまうのか想像もつかず、思わず唾を呑み込んでいた。
 そんなイングリットの心配を察したのか、クロードが笑いながらイングリットの頭を愛おしげに撫でてくる。
「痛いとか、嫌な時は、ちゃんと言ってくれ。無理なことはしたくないからな」
「わ……わかりました」
 イングリットが頷くと、クロードは顔を引き、お互いに向かい合った。
「それで、イングリット……挿れてもいいか?」
 再びの、問い。
 すっと表情を引き締めたクロードの、真摯な瞳に心を奪われる。イングリットは躊躇いなく頷いた。
「じゃあ、挿れるぞ」
 指で押し広げられながら、ゆっくりとクロードが入ってくるのがわかった。初めて男性を受け入れるその場所は自覚できるほど狭く、イングリットはシーツに爪を立てて痛みに耐えた。
「く、う……んっ」
 イングリットの苦しげな声に気付いたクロードが、動きを止める。
「おい、イングリット。痛いならちゃんと言えって言ったろう?」
「へ、平気です……それより、まだ、途中……なのでしょう?」
「それは、そうだが……」
 繋がった部分を臍越しに見る。クロードのペニスはまだようやく三分の一が埋まったかといったところだ。こんなもので彼が満足できるはずがない。無論、自分もだ。
「いいのです……最初は痛いものと聞いています、から……だからクロード、お願いです、来て、ください」
「イングリット……」
 わかった、と小さく呟いて、クロードは少しずつ腰を埋めていった。
 狭い場所が少しずつ押し広げられていく感覚。焼け付くような痛み。苦悶の声を上げはしたが、イングリットはクロードを少しずつでも受け入れられているという事実の方が、何よりも嬉しかった。
 指などよりもはるかに太く、硬く、熱いもの。彼を直に感じられることが嬉しくて、感情が昂ぶると同時に、イングリットの瞳から大粒の涙がこぼれ落ちた。それに気付いたクロードが、ぎょっとした表情になる。
「おいイングリット、やっぱり、止めるか?」
 イングリットは何度も首を横に振った。
「ちが、違うのです、嬉しいのです。あなたを感じられて……熱くて、幸せで、」
 クロードの心配を取り除きたくて、自分の気持ちを分かって欲しくて、イングリットは夢中で言葉を紡いだ。
 気付いたら、クロードに唇を奪われていた。今までとはまるで違う激しいキス。息ができなくなるくらい何度も何度も唇を貪られて、舌を絡められた。
 と同時に、クロードの腰が動いた。そこで初めて、イングリットは彼を既に最奥まで受け入れていたことを知った。ペニスが一度半分まで引き抜かれたかと思うと、一気に奥まで突き上げられる。痛みを伴いながらもそれ以上の快感に貫かれて、イングリットは身体を仰け反らせた。
「あぁっ!」
 クロードの荒い息が何度も胸にかかる。
「悪い……お前にそんなことを言われたら、俺はもう……」
 クロードの額には汗が滲んでいた。いつも余裕の表情であれこれ言って、イングリットの反応を見て楽しむ側だったクロードが、こんなにも余裕をなくしているのは初めて見た。それほどまでに興奮してくれたのだと思うと、嬉しくてたまらなかった。
 士官学校の頃は、飄々として何を考えているのか分からない彼を、信頼に値するか否か、ずっと判断しかねていた。フォドラで戦争が起き、同盟軍に身を寄せると決めた時、そこには五年の時を経て逞しく成長した彼がいた。根の部分はあまり変わっていなかったが、将として力の面でも、知恵の面でも遺憾なく才能を発揮する彼を、素直に頼もしい、と感じた。その上、彼は犠牲を何より嫌った。戦場に出る際には必ず、誰一人として死ぬなと鼓舞する仲間思いの姿を見て、イングリットは次第に彼に惹かれていった。
 今でもそうだ。イングリットのことを何より尊重し大切にしてくれている。イングリットの破瓜の痛みに配慮して、ゆっくり進めるつもりでいたに違いないのだ。だが、イングリットが気持ちの昂ぶるままに連ねた言葉は、彼の理性を一気に吹き飛ばしてしまったらしい。彼にとっては不本意なのかもしれないが、イングリットにとっては、この上なく幸せなことだった。
 彼の腰の動きが止まらない。一回一回の動きは激しくないものの、一定のリズムで、何度も何度もイングリットの最奥を突いてくる。
「あっ、あんっ、クロード、あぁっ!」
 イングリットは下腹部の快感と痛みを、そのまま声にして発散させた。だがそれだけでは発散しきれない快感が、次から次へと襲い来る。
「っ、イングリット、はあっ……お前が、好きだ、愛している」
 滅多に口から出ることのない愛の言葉が、イングリットの鼓膜を震わせる。きゅうん、と身体の芯をつままれたような感覚に襲われた。ふと、彼と視線が合う。イングリットを何よりも求めて止まないクロードの切なげな瞳に、イングリットは思い切り心を奪われた。
「あぁっ、はぁっ、クロード、私も、私もあなたのことが、」
 言いかけたその時、クロードに強く最奥を突かれて、今まで以上の快感が全身を走り抜けた。
「ぁ、あぁ――っ!」
 一瞬、目の前が真っ白になる。
 全身から力が抜けていく感覚があった。荒く息を吐きながら、ふと下半身へ意識を向けると、何か温かいものが、自分の下腹部に放たれたような感触があった。
「く、う……っ」
 表情が一瞬苦痛のようなものに歪んだ後、クロードは放心したようにくたりとなって、イングリットの上に覆い被さってきた。彼も絶頂に昇りつめたのだ、とイングリットは悟った。


 彼の身体を受け止めながら、イングリットは幸福に包まれていた。彼の陰茎が抜かれた後も、下腹部はまだ熱を持ち続けていた。
 彼の精はまだ、自分の身体の中にある。少し力を入れたら全て流れ落ちてしまいそうで、イングリットはできる限り身体の緊張を解くよう努めた。
「すまん、イングリット……加減、できなかった」
 俯いたクロードの口から、後悔の言葉がこぼれ落ちる。イングリットは首を横に振って、微笑んだ。
「いいのです。そんなこと……私は今、これ以上ないくらい幸せなのですから」
 クロードの頬を優しく撫でてやる。ちくちくと手に刺さるもみ上げの感触が、イングリットは好きだった。クロードはようやく顔を上げたが、なおも後ろめたそうな様子だった。
「痛く、なかったか?」
「全く痛くなかった、と言えば嘘になります。でも、それより……あなたがそんなふうに私を求めてくれたのが嬉しくて。それに、愛してる、と言ってくれたことが嬉しくて」
 イングリットはそう言ってうふふと笑った。クロードは急に思い出して気恥ずかしくなったのか、珍しく頬を赤らめた。
「あー、それは、その、いやまあ、事実は事実なんだが……」
「ふふ。私も愛していますよ、クロード。あなたに出会えて、あなたと一緒にここまで来て良かった。心からそう思っています」
 そう言うと、クロードは一瞬目を見開いた。直後、大きな溜息が降ってくる。
「全く……そんなことを言われたら、また加減できなくなるぞ?」
「ええ、構いません。今日は初めてでしたから、まだ慣れませんでしたが……次はもう少し、身体と心の余裕ができるでしょうから」
「やれやれ……かなわんな、お前には。先が思いやられるよ」
 額に指を当ててかぶりを振るクロードを見て、イングリットはもう一度嬉しそうに笑った。
 その後で、クロードの表情が引き締まる。
「俺も、お前に出会えて良かった。ここまで付いてきてくれて、本当に感謝している。これからもずっと、俺の傍にいてくれ」
「ええ、もちろんです。ずっと、あなたの傍にいさせてください」
 イングリットがそう答えると、クロードは力強くイングリットを抱きしめた。
 きっとこれから、様々な困難が二人を待ち受けることだろう。クロードの夢の実現に関してもそうだが、特にイングリットにとっては、慣れない土地での生活を始めていかねばならない。それでも、クロードが傍にいてくれれば、どんなことでも乗り越えていける気がした。
 彼の広い背に手を回し、更に身体を密着させる。
 クロードの温もりを抱きながら、イングリットは幸福のあまり溜息をついた。
(2019.10.5)
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