いのち、つながるとき

 戦争終結後、数年の時を経て再会したマリアンヌは、昔と変わらぬ慎ましやかな微笑みを浮かべていた。
 だが昔と全く同じではないことに、ディミトリはすぐに気付いた。軽く胸を張って、凜とした態度で話す姿。会話の節々から見え隠れする、昔にはなかったまつりごとへの知識や関心。春の野に咲く花のような控えめな笑顔と柔らかな口調はそのままに、この数年間で彼女の性格は革命とも言うべき変化を遂げていた。
 フォドラの統一王となり、全ての中心となって政を取り仕切るディミトリとも、マリアンヌは対等に話をしてみせた。戦争の最中より彼女に心を寄せ続けていたディミトリはその変化に驚きながらも、すぐに彼女に夢中になった。彼女に会う度に、言葉を交わす度に、マリアンヌへの思いが募っていくことに気付いた。
「これからの人生を、俺と一緒に過ごして欲しい」
 静まり返った夜、月明かりの下でディミトリがそう囁くと、マリアンヌは頬を赤らめて、はい、と頷いた。
 煩雑な手続きや儀式などを経て、マリアンヌとの婚儀を催すまで、ディミトリは彼女の唇に触れたことがなかった。恋人らしい触れ合いといえば、晴れた日にそっと手を繋いで歩くとか、北風の冷たい日に彼女を外套の中へ入れて肩を抱くとか、二人きりの部屋で、互いの気持ちが高まった時に正面から抱き締めるくらいのもので、それ以上の領域に踏み込んだことがなかった。だから式の最中に人前で口づけを交わすとなった時は、今まで生きてきた中で一番緊張していたように思う。背をかがめて、おそるおそる彼女の唇に触れた時、世の中にはこんなにも柔らかく愛おしいものがあるのだと、ディミトリはしみじみと感動していた。
 婚儀の後には初夜、という言葉があることを、ディミトリは当然知識として持っていた。だが、初めて彼女を寝室へ招き入れた後も、ディミトリは彼女を抱くことなどできなかった。湯浴みを済ませて薄い桃色の寝間着を羽織った彼女の姿は、窓から差し込む月明かりに照らされてこの上なく艶っぽく見えたが、心の奥底に生まれた微かな劣情を、ディミトリは無理矢理押さえつけて消してしまった。
 彼女があの頃のままの彼女ではないことは分かっていたが、ディミトリの目には未だ、彼女が儚い存在として映っていた。あの華奢な身体は、少しでも力を入れてしまえば壊れるかもしれない。まして、自分のように力の加減がきかない者なら、なおさら慎重に扱うべきだ、と。
 自分の性欲のままに抱けば、彼女に苦痛を与えるだけかもしれないし、そもそも思うままに性欲をぶつけていい相手なのかどうかも、ディミトリには判断がつきかねていた。彼女にも人並みの知識くらいはあるだろうが、自分の劣情をありのままに晒して、彼女を怖がらせたり、幻滅されてしまうのではないかと思うと、どうしても踏み出せないでいた。初夜は初めて覚えた口づけを交わすので精一杯で、明日も早いからと言い訳をして、それきり終わってしまった。
 数日経っても、それは変わらなかった。寝る前に愛の言葉を囁きながら口づけを交わして、おやすみ、と挨拶を済ませて終わる日々が続いた。どうしようもなく劣情が抑えられない時は、寝室を出て、一人きりになれる書斎で自分を慰めた。その時ディミトリは決まって、マリアンヌが自分の前で乱れる姿を想像した。想像の中のマリアンヌは一糸纏わぬ姿で、ディミトリの前で股を開き、ひたすらにディミトリを求めていた。
「ああ、ああ、マリアンヌ、……っ」
 劣情の塊を吐き出しきった後は、彼女を犯してしまった罪悪感に苛まれつつも、何食わぬ顔で彼女の眠る寝室に戻り休むことが常だった。
 そうしているうちに、彼女を一度も抱かぬまま、一節が過ぎていた。


 その日の夜は満月で、月明かりが優しく寝台に差し込んでいた。
 湯浴みを済ませて部屋に戻ると、いつものようにマリアンヌが待ってくれていた。
「おかえりなさい、陛下……いえ、ディミトリさん」
 二人きりの時だけマリアンヌが口にする名で呼ばれて、ディミトリは安堵の溜息をついた。王として忙しく政務に携わる間はどうしても気が抜けないが、彼女と過ごすこの寝室での時間だけは、唯一心を許せるひとときとなっていた。
「ああ、ただいま」
 ディミトリは微笑んで、マリアンヌの肩を抱きながら寝台へ入る。互いに見つめ合った後、いつものように口づけを交わした。
 だが、彼女の様子が普段と違うことにディミトリは気付いた。いつもならディミトリの口づけを受け止めるばかりのマリアンヌが、積極的にディミトリとの口づけをねだるようにして顔を近づけてきたのである。おまけに彼女の身体が接近したせいで、彼女の柔らかなふくらみが、ディミトリの硬い胸へと強く押しつけられた。未だ女性を抱いたことのないディミトリにとってその感触は刺激が強すぎ、たちまち下半身が硬く反り返り始めるのを感じた。
「ん、む、ぅん……」
 角度を変えて幾度も重ねられる口づけ。二人の唾液が混ざり合い、水音が響く。ふるりと震える柔らかなふくらみが、何度も何度も胸の上へ押しつけられる。ディミトリはいつも以上に昂ぶる感情を自覚した。下着の中で陰茎が硬く張り詰め、解放を待ち望んでいるのがわかる。これ以上続けられたら、自分が耐えられなくなる。そう思って、ディミトリは一度彼女から顔を離した。
「その、マリアンヌ。今日のお前は随分積極的だな……」
 マリアンヌは微かに頬を赤らめていたが、少し悲しそうな表情でディミトリを見つめていた。その理由に思い当たる節がなく、尋ねようとしたところで、先にマリアンヌが口を開いた。
「ディミトリさん。あの。……私には、女性としての魅力がないのでしょうか」
 想像もしなかった言葉に、ディミトリは一瞬その場で固まった。だがマリアンヌは真剣な様子だ。胸に両手を当てて俯き、睫毛の下の小豆色の瞳を悲しみに染めている。
 ディミトリははっきりと首を横に振った。
「そんなはずがないだろう。俺にとっては、お前こそがこの世で一番魅力的な女性だ」
 マリアンヌは顔を上げた。
「では、何故……私と、その、夫婦の営みを、していただけないのでしょうか」
 ディミトリははっと息を呑んだ。
 彼女の悲しみの理由が分かって腑に落ちると同時に、自分は何ということをしていたのか、と自己嫌悪に陥る。
 この一節の間彼女に手が出せなかったのは、自分なりに彼女のことを考えてのことだった。だが、それは全く彼女のためになっていなかった。むしろ、彼女を自己嫌悪に陥らせる原因にすらなっていたのだ。
 悲しみに揺れたままの瞳を見ていられなくて、ディミトリはマリアンヌをいつもより強く抱き締めた。マリアンヌの口から艶っぽい溜息が洩れる。痛がったり嫌がっていないということが、はっきりとわかった。
 マリアンヌは確かにディミトリと比べると華奢であるが、決して脆くはないということに改めて気付く。身体も、そして心も。
「マリアンヌ、すまなかった。俺の欲望のままに抱いてしまったら、お前が壊れてしまうんじゃないかと思って、抱けなかった。お前に幻滅されてしまうのも怖くて、……ああ、俺は弱い人間だな、本当に……」
 ディミトリはあまりの情けなさに溜息をつく。
 マリアンヌはふふ、と小さく笑って、落ち込むディミトリの背を優しく撫でた。
「私のことをそんなふうに大切に思ってくれるのは、とても嬉しいです。でも、私ももう、あの頃の私とは違いますから。生きるのが辛くてたまらなかった、後ろ向きの私はもういないんです」
「そうだな。分かっていたんだ、本当に。それなのに、俺は自分のことしか考えていなかった。情けない人間ですまない」
 いいえ、とマリアンヌは微笑みながら首を横に振った。
「ディミトリさん」
 マリアンヌの右手が、ディミトリの左手に向かって伸びてくる。そのまま絡められたかと思うと、マリアンヌはそれを持ち上げて、寝間着の中の自分の胸へと導いてみせた。弾力のある柔らかな感触が指先からじかに伝わり、ディミトリは思わず肩を震わせた。
 マリアンヌは頬を赤らめたまま顔を上げ、ディミトリを見つめた。
「その……女の私からこういうことをするのは、はしたないと分かっています。でも……」
 マリアンヌは一瞬目を伏せたが、すぐに視線を上げ、今度は真剣な瞳でディミトリと相対した。
「私を……抱いて、いただけますか?」
 愛する女性にそんなことを言われて、黙っていられる男などいるはずがない。ディミトリは強く頷いた。
「ああ、もちろんだ。俺も、お前を抱きたくてたまらなかった」
「うれしい」
 マリアンヌは微笑むと、ディミトリに口づけをねだってきた。ディミトリはもちろんそれに応えつつ、マリアンヌに導かれるばかりだった左手で、彼女の胸を緩やかに掴んだ。そのまま揉みしだくと、彼女の唇から艶っぽい溜息が幾度も洩れた。彼女と話す間少し萎えていたディミトリのペニスが、再び硬くなり始めるのが分かった。
「んっ、ん……はぁ、んっ」
 口づけを繰り返すうちに、どちらからともなく互いに舌を絡めていた。水音が響く度、銀の糸が名残惜しげに幾筋もの橋を紡ぐ。その間にも、ディミトリは夢中になって彼女の胸を揉み続けた。こんなにも柔らかく愛おしいものがこの世にあるなんて――。
 彼女の寝間着の中に手を入れることがもどかしく思い始めたところで、マリアンヌが一度顔を離した。
「服、脱ぎますね。ですから、ディミトリさんも」
「ああ、そうだな」
 二人は手早く自分の衣服を脱ぎ去ると、生まれたままの姿で相対した。
 マリアンヌの豊満な胸と、女性らしい柔らかな曲線を描く身体、その下の空色の茂みにまで視線を下ろし、ディミトリはあまりの美しさに思わず溜息をついていた。
 マリアンヌも全く同じ流れでディミトリの身体を見つめ、既に硬く天を指している男性の象徴に気付くと、ぱっと赤面した。
「あ……ディミトリさん」
「ん……ああ。お前の胸の感触は、俺には刺激が強すぎたようでな……」
 ディミトリが照れながらそう言うと、マリアンヌはくすくすと笑った。
「良かった。私、本当に魅力がないのかと思って……今日まで、ずっと悩んでいたんです」
「そんなこと、あるはずがない。お前と口付けるだけでも、俺は十分すぎるくらい興奮していて……寝室を抜け出して、一人で自分を慰めていた日もあった」
「そうだったんですね」
「今思えば、全く無意味な行動だったがな。もっと早く、お前をこうして抱いていたら良かった」
 マリアンヌはそれを聞いて、心底嬉しそうに笑った。そうして恥ずかしそうにしながら、先程と同じようにディミトリの左手に自分の右手を絡めた。
「ディミトリさん。私も、一緒なんです。ディミトリさんと口付けて、胸に触ってもらっている間に……下が、切なくなって……」
 マリアンヌの手は、そのまま下の茂みの中へとディミトリを導く。茂みの中の花弁に触れると、温かなとろとろの液体で濡れているのがわかった。彼女も興奮していたのだ。いつになく積極的な彼女に驚きながらも、それを遙かに超える嬉しさと興奮で目眩すら覚える。指の腹でぬるぬるとした液体を押し広げてやると、マリアンヌがきゅっと切なげに目を細めた。
「はっ、ぁあ……」
 そのまま前後に往復させながら、ディミトリは初めて触れる女性の秘所をまさぐった。開かれた二つの花弁と、その奥にある蜜壺。二つの花弁が繋がる場所にある小さな突起に触れた時、マリアンヌはがくがくと足を揺らした。
「ぁあん……そこ……」
「ここが、一番切ない場所か?」
 ディミトリが尋ねると、マリアンヌは顔を上気させたまま頷いた。
「マリアンヌ、俺によく見せてくれないか」
 ディミトリは思い切ってそう言った。マリアンヌは少しばかり躊躇っているようだったが、やがてこくりと頷いて、ディミトリに向かってゆっくりと両足を開いた。
 想像の中で何度も見た光景が、そこには広がっていた。マリアンヌが股を広げて、ディミトリを切望している。夢ではないかと思った。だが、これは間違いなく現実だ。
 ディミトリは改めて彼女の秘所をまじまじと見つめた。蜜壺の奥はひくひくと蠕動し、ディミトリを求めているかのようだった。ディミトリは濡れそぼった指を、少しずつその中へ挿入した。
「あ、ぁああ……ディミトリさん……」
 狭く閉じた蜜壺の中を、少しずつ太い指で押し広げていく。中をぐるりとかき混ぜると、マリアンヌの腰が軽く浮き上がった。
「はぁん! あ、あぁ……っ」
「マリアンヌ……」
 普段の彼女からは考えられないほどの淫靡な光景に、ディミトリはくらくらした。
 そうしているうちに、いつの間にか人差し指の第二関節まで彼女の中に呑み込まれていた。その指で内の襞を幾度も擦ってやると、マリアンヌは都度腰を浮かせて喘いだ。
「あん、ディミトリさん、私、はぁっ、こんな、格好で、あなたに……恥ずかしい……」
「恥ずかしがることはない。綺麗で、可愛らしくて、最高にいやらしいよ、マリアンヌ」
「そんなこと……言わないで……っ」
 口ではそう言っているが、嫌がっている様子はまるでなかった。ディミトリは中を押し広げながら、中に挿れる指をもう一本増やした。二本の指で中の蜜をぐちゃぐちゃにかき混ぜてやると、マリアンヌがひときわ強く身悶えした。
「はぁん……私、あぁ、もう、ぁあっ――!」
 彼女の身体がびくんと反り返る。
 数秒の後、脱力してくたりと身体を横たえたマリアンヌに、ディミトリは覆い被さる格好となった。マリアンヌはぼんやりとディミトリを見つめていた。その彼女の表情があまりにも愛おしくて、ディミトリは幾度も口づけを落とした。やがて彼女が我を取り戻して、自らディミトリを求めてくれるようになるまで、何度も。
 顔を離した時、マリアンヌは瞳を潤ませて微笑んでいた。うれしい。彼女の唇がそう動いた。ディミトリは腰の位置を動かして、硬く反り返った己を、マリアンヌの蜜の滴る場所へ軽く宛がった。
「マリアンヌ、俺ももう我慢の限界だ。お前が欲しい。欲しくてたまらない」
「はい。喜んで……」
 彼女の返答を合図に、ディミトリは己の先端を握り、先程指で押し広げた場所へと挿入した。
「あぁっ!」
 先が入っただけで、マリアンヌが喘ぐ。
 じりじりと腰の位置を縮めていきながら、ディミトリはマリアンヌの表情を見つめた。マリアンヌは肩で息をしながら、僅かに苦痛の表情を滲ませた。最初は女性にとって痛いものだということを、ディミトリも知識として持っている。
 ふと、繋がった場所へ視線を落とすと、僅かに赤いものが滲んでいるのが見えてぎょっとした。これも知識としては持っていたが、実際に見るとさすがに驚く。
「マリアンヌ、その、すまない、辛くはないか」
 マリアンヌは苦痛を滲ませつつも、首を横に振った。
「少し、痛い、ですけれど……平気、です……」
「本当か? その、血が出ているが……」
 ディミトリの躊躇いがちな言葉に対しても、マリアンヌは分かっているとでも言うように頷いた。
「いいんです。私、やっとディミトリさんとひとつになれて、本当に嬉しいのですから……ですから、そのまま来てください、お願いです」
「マリアンヌ……わかった」
 ディミトリは再び腰をゆっくりと動かし始めた。マリアンヌのシーツを握る手に力がこもるのが分かったが、ディミトリはもう止まらなかった。ディミトリ以外の男を知らないマリアンヌの中へ、マリアンヌ以外の女を知らないディミトリの逸物が入り込んでいく。それがようやく根元まで埋まりきった後、ディミトリは深く息を吐き出した。
「はぁ……っ」
「あ……ディミトリ、さん……私の奥まで……」
 マリアンヌが赤面しながら嬉しそうに微笑む。表情は未だ苦痛の色も残っていたが、それよりも幸せそうな印象の方が強く残った。ディミトリはああ、と頷いて、額に流れた汗を拭った。
「ようやく、一つになれたな」
「はい。嬉しい……ディミトリさんが直に感じられて……」
「俺もだ。お前の中、温かくて気持ちが良い」
「そんな……うふふ、恥ずかしい……」
 マリアンヌが恥じらうと同時に、軽く内側から締め付けられる。思わずそのまま射精してしまいそうになって、ディミトリはぐっと堪えた。まだ挿れたばかりなのだ。もっと彼女を感じたい。繋がり合いたい。
「マリアンヌ、いいか、動くぞ」
 ディミトリが言うと、マリアンヌは頷いた。
 ゆるゆると腰を引いて、陰茎を半分ほど出した後、もう一度奥まで突き上げる。襞の擦れる感触がディミトリの射精感を煽った。もう一度同じ動きを繰り返す。最初ゆっくりだった腰の動きは、無意識のうちに少しずつ速くなっていった。
「あっ、あっ、ディミトリさん、あっ!」
 マリアンヌの喘ぎ声が高くなる。肩を上下させて艶っぽい声を出し続けるマリアンヌの痴態に、ディミトリの劣情は更に煽られた。
「マリアンヌ、愛しているぞ、マリアンヌ……」
「私も、はぁん、愛しています、ディミトリさん、あぁっ!」
 幾度も愛の言葉を囁きながら、マリアンヌへ腰を打ち付ける。射精感が更に高まり、ディミトリは荒く息を吐き出した。
「はぁっ、はぁ、マリアンヌ、お前の中に、出すぞ」
「はい、あぁっ、ディミトリさんの、私の中に、全部、出してください……っ!」
「あぁ、マリアンヌ、はぁ、はぁ、うっ、ぁあ――!」
 ひときわ強い動きでマリアンヌの奥へと腰を埋め、ディミトリは彼女の中へ精を放った。
 直後、マリアンヌもびくんと身体をしならせて、達してしまったようだった。
 どくどくと脈打ちながら、ディミトリのペニスは劣情の塊を吐き出し続ける。やがてその動きが止まってから、ディミトリはおもむろに陰茎を引き抜いた。
 マリアンヌの中からどろりとした白濁液がこぼれ落ちてくる。その淫靡な光景に、ディミトリは目を奪われた。マリアンヌは幾度も身体を上下させて、はあ、はあ、と荒く息を吐き出していた。
「マリアンヌ、すまない。痛かっただろう」
 ディミトリがマリアンヌの頬に優しく手を当てると、マリアンヌは微笑んでその手を握った。
「でも、幸せでした。ディミトリさんと、本当の夫婦になれた気がして……」
「ああ、そうだな。俺たちは今この瞬間に、本当の夫婦になったんだな」
 その実感が、じわじわと込み上げてくる。
「ディミトリさん。私、あなたになら何をされても構いませんから。ですから、また、待っています」
 あまりの強烈な殺し文句に、ディミトリは参ったなと言わんばかりに苦笑した。終わってすぐに次の約束をしてくれるなど、幸せすぎて目眩がする。その上何をされてもいい、というのは、ディミトリを心底信頼してくれている何よりの証拠だ。
 ディミトリはマリアンヌの額に、軽く自分の額を合わせた。
「ああ。これから何度でもお前を抱きたい。だが、もしお前が寂しいと思ったら、今日のようにお前から求めてくれても、俺は一向に構わない。はしたないなどと思ったりしない」
「あ……は、恥ずかしい……」
 最初の自分の行いを思い出したのか、マリアンヌが両頬に手を当てて赤面する。
「恥ずかしがらなくてもいい。俺は嬉しかったんだ。お前がこんなにも俺を求めてくれていたことを。俺もこれからは遠慮なくお前を求めるし、お前もそうして欲しい」
 マリアンヌは小豆色の瞳を幸福に輝かせ、頷いた。
「はい。分かりました」
 どちらからともなく口づけを交わし、ディミトリは彼女の身体を抱き締めた。
 肌と肌が触れ合って、マリアンヌの体温が直に伝わってくる。彼女は間違いなく生きている。そして、これから先も生き続ける。ディミトリがそれを望む限り。
 ――死なないでくださいね、ディミトリさん。
 戦争の最中、彼女と交わした言葉を思い出す。
 ディミトリは目を閉じて笑った。こんな愛おしいものを手放して死ねるものか――。
 更に腕に力を込めて、その愛しい温もりをかき抱いた。
(2019.11.9)
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