ずっと一緒に

 ――そろそろ、帰る時期なんじゃないだろうか。
 そんなことを思い始めたのは、ガリアに来て一年半も経った後だった。
 戦争中にレテと交わした約束を果たし、ガリアにやって来たアイク。クリミアとはまた違う、ラグズには住みやすいがベオクには少々生きるのに厳しいこの環境で鍛錬をすれば、また一段と強くなれるだろう。ガリア戦士のレテはそう言って、アイクを誘ったのだ。アイクもその通りだと思ったし、自分が生まれたガリアの地に住み鍛錬をしてみるのも悪くはないと、傭兵団をティアマトに任せ、こうしてガリアにやって来たのだ。
 もちろん今、傭兵団はティアマトに任せきりになっている。しかし団長は変わらずアイクのままなのだ。一年半もほったらかしにしていたのでは、アイクが団長でいる意味がない。
 それに、長い間住む場所と食事を与えてくれていたガリア王にも申し訳なく思い始めていた。ほとんどタダで住まわせてもらっているようなものだからだ。
 しかし、とアイクは同時に考えていた。心残りなことがある。
 ――どうするべきだろうか……
 アイクは悩みながら、やがて一週間も経ってしまったのだった。


「そろそろ、クリミアに帰ろうと思っている」
 朝食時、食堂は多くのラグズ戦士たちでごった返していた。
 奥のテーブルでライと向かい合わせになって座り、アイクは注文した料理を食べながらライにそう言った。
 ライは同じく注文した肉のソテーを頬張りながら、驚いたように目を丸くした。
「へえ。そりゃまたいきなりどうしたんだ?」
「いや。よく考えたら、ここに来てもう一年半になると思ってな。ガリア王の世話になりすぎたような気がする」
 ライは新しい肉の塊を口に放り込み、よくかみ砕いて飲み込んだ後、アイクに言った。
「そうか? 確かに王に養っていただいているも同然だとは思うが、お前はお前で、ガリアのために働いてくれることもあるじゃないか。賊討伐とか、城の守備とか」
「確かにそうだが、それだけじゃない」
 ライはアイクの言葉を聞き、ん、と首を軽く傾げ、続きを促した。
「俺はもう一年半も傭兵団をほったらかしにしているんだ。そろそろ帰らないと、団長も何もあったもんじゃないだろう」
「あぁ、そっちな。そういやお前、団長だったよな」
 ライが思い出したように言う。その理由には、彼も納得してくれた様子だった。
 しばらくお互いに食事を進めた後、ライはアイクに尋ねた。
「それで、どうするんだ? あいつには言ったのか?」
「いいや、まだだ。話さなければならない、とは思っているんだが……」
 アイクは首を横に振った後、難しい顔をしてそう言った。ライは相変わらず皿の上のものを胃袋の中におさめながら、ふうん、と納得したように頷いていた。
「言いにくくて黙っているとは、お前らしくないな」
「それは、自分でも思う。だが……」
「何か心残りでもあるのか?」
 ライに言われて、アイクはうっ、となった。さすがライと言うべきなのだろうか、彼は人の心が読めるのかと思ってしまうくらい、その人の思っていることをずばり指摘することがよくあるのだ。
 今回も、ライの言う通りだった。アイクは小さな心残りを抱えていたからこそ、なかなか彼女に言い出せなかったのだ。
 アイクの微妙な表情の変化を読みとったのか、ライは得意げな笑みを見せた。
「ははっ、図星ってやつか?」
「悔しいが」
「そうか。心残りねぇ」
 ライは考えるような仕草を始める。そして数秒後、何かを思いついたようにぽんと手を打った。そしてにやにやと笑いながら、アイクの方に身を乗り出してきた。
「やっぱりあれだな、レテと一緒になろうと思っているんだろう。違うか?」
「一緒になるというか……一緒に来て欲しいというのが、本音だ」
「あー、クリミアにか。どうだろうなぁ」
 ライは腕を組んで再び考えるような仕草をとった。アイクもああ、と頷く。
「あいつはガリア王に絶対の忠誠を誓っている。ここを離れたくないと言うのが普通だろう」
「まあな。でもあるいは、お前が相手なら――その普通の行動を取らないこともあるかもしれないな」
 ライの意外な言葉に、アイクは首を傾げた。
「俺が相手なら?」
「そうだ。何しろレテは――いや、これは俺が言うべきことじゃないな」
「何だ。気になる、言ってくれ」
「いーや。それはお前がレテに話してみてからだ」
 ライはいたずらっぽくウインクし、アイクは諦めたようにため息をついた。こうなった時のライが素直に何かを教えてくれた試しはない。いつも『自分で考えろ』といった類の言葉を口にするのがオチなのだ。
 アイクは黙って食事を進めながら、どうやってレテにこのことを説明しようということばかり考えていた。


「おい、アイク、聞いているのか!」
 突然叫ばれ、アイクはびくりと肩を震わせた。
 恒例のアイクとレテの手合わせが終わった後のことだった。戦士たちが集まる休憩所で座ってくつろぎながら、レテは早速アイクに厳しく指摘をしてきた。アイクはそれを聞きながら、同時にレテにどうやって説明しようということをなおも考えていたため、ほとんど聞き流してしまっていたのだ。
「あ、ああ、すまん。少し前からもう一度言ってくれ」
 アイクがそう言うと、レテはため息をついた。
「お前、どうしたんだ。手合わせの間も反応が遅れていたぞ。何か余計なことでも考えていたんじゃないか?」
 ずばり核心を突かれ、アイクは黙り込んだ。その様子を見て、レテはほう、と小さく頷きながら言った。
「お前が悩み事なんて珍しいな。何があったんだ」
 レテはアイクの顔を覗き込んできた。アイクは顔をしかめ、言葉を濁す。
「いや……」
 なんと切り出せばいいのか、まだ自分の中で結論が出ていなかった。そればかりを考えていると、ついにレテがきっとアイクの方を睨み付けてきた。
「いつまでも隠し事できると思うな。お前がそんな様子では、私まで調子が狂うだろう」
 そう言われて、アイクはじっとレテの方を見つめた。レテの方も真っ直ぐな視線を返してくる。やはり、ストレートに言おうと思った。いずれは知られることなのだから、いつまでもうじうじと悩んでいても仕方がない。
「実は、クリミアに帰ろうと思っている」
 レテは目を丸くした。彼女がこんなふうに表情を変化させることは珍しいので、相当驚いているのだろうとアイクは思った。アイクの告げたことは、それだけの力を持っていたということだ。
「それは、誰かに言われたことなのか? それとも、お前が?」
「いや、俺が自分で考えたことだ。誰に言われたわけでもない」
「そうか」
 レテはそう言って、少し顔を俯けた。アイクの方も自然と顔の向きが下がっていた。
 レテとこういう雰囲気になったことは、今まで一度もなかったように思う。常に二人で顔を上げて、自分たちを鍛えるためにここまで毎日を歩いてきた。この歩みが今、止まっている。分かれ道に来て、どちらに行こうかと迷っている。
「レテ」
 アイクは少し顔を上げて、彼女の名前を呼んだ。それに反応して、レテも顔を上げる。
「それで、相談があるんだが」
「何だ?」
 抑揚のない声で、レテはそう返した。アイクは膝の上でぎゅっと拳を握りしめながら、言葉を続けた。
「その、俺と一緒に、クリミアに来ないか」
 その瞬間、レテは「クリミアに帰る」と告げた時よりもはるかに大きく表情を変えた。微かに唇が震えているようにも見えた。
 アイクは何も言わず、レテの反応を見ていた。それはある程度予想できた反応ではあったのだが、実際にされてみると少し心に小さな痛みのようなものが走った。
 しばらくして、レテの顔が少し上がり、口が小さく開くのをアイクは見た。しかしその口から飛び出したのは、全く予想しなかった言葉だった。
「お前は、私を脅しているのか?」
「な……」
 アイクは戸惑いの目をレテに向けた。レテは鋭い視線でアイクを見つめながら、言葉を続けた。
「私に、ガリアかお前のどちらかを選べと……そう言っているんだろう?」
「そうなるのかもしれないが、だが――」
 アイクが言いかけたところで、レテは言葉を遮った。
「しかし、私の答えは決まっている。ガリアを離れるつもりはない」
 切り捨てるような口調だった。
 アイクは何かがすとんと落ちていくような感覚がした。それはレテに抱いていた何かの期待だったかもしれないし、またある種の納得の気持ちだったのかもしれない。とにかく、全てが終わったような感じに襲われ、アイクは大きく息をついた。
「それに――」
 レテはそんなアイクを一瞥し、再び切り捨てるように言葉を発した。その言葉は、思わず耳を疑ってしまうような、信じられないものだった。
「私がそんなベオクだらけの国に行くだなんて虫酸が走る。私のベオク嫌いは、お前もよく承知していたはずだ」
 アイクは大きく目を見開き、膝の上に載せていた拳を震わせた。何かが違う、と心の中で思いながら、一方でむくむくと湧いてくる怒りのようなものを感じ、アイクは言った。
「お前はあの戦争で、ベオクと分かち合うことができたんじゃないのか」
 するとレテは馬鹿にしたような表情になり、鼻を鳴らした。
「分かち合う? ふん、そんなもの最初から無理に決まっているだろう。異種族が異種族を理解しようとすることなど、昔から無理な話だったのだ。今までの対立が、それを物語っているだろう」
「だが、今は違う。少しずつだが、理解しようとしている」
「それでも、私はそうじゃない。ラグズが皆、そういう者たちばかりだと思ったら大間違いだぞ」
 レテの言葉は厳しく、再びアイクの中に怒りが湧いてくるのを感じたが、それ以上に心にくる大きな衝撃があった。今までアイクの中に構成されていたレテの像が、音を立てて崩れていくような気がした。やはり違う、とアイクは思った。
「俺は、とんでもない勘違いをしていたようだな」
 しばらくして、アイクが押し殺した声で言った。レテはそれを気にしていないかのような様子を見せながら、アイクの方をちらりと見た。アイクは立ち上がり、レテの方を見ながら言葉を続けた。
「そうか、分かった。なら、俺はもう何も言わん。世話になったな、レテ」
「ふん。どこへなりと行くがいい」
「そうか。……じゃあな」
 アイクはそう言うと、休憩所を出て行った。何かもやもやとした、割り切れない気持ちを抱きながら。しかしそれを処理できず、アイクは苛々としていた。この上もないくらい、不快な気持ちを心の中で握りしめていた。


「あーあ、強がっちゃったりして」
 突然大きな声が背後から聞こえ、レテはびくっと後ろを振り向いた。そこにはライが立っていて、レテの方をにやにやと見つめていた。
 レテは不快感を顕わにしながら、ライに冷たく言った。
「なんだ、ライ。用があるならさっさと言え」
「いや、別に俺は用なんてないけどな。それよりレテ、あれ本心じゃないんだろ?」
「な、何がだ」
 レテは動揺しながら、ライに尋ねた。どうやら、先程のアイクとの会話を聞かれていたらしい。ライはふ、と小さく息を切ってから、続けた。
「ラグズはベオクと分かち合えるわけがない、自分はベオクと分かち合いたくなんかない、ってやつだ。そんなわけないんだろ? それが本当なら、なんでアイクと一年半も一緒にいられたんだよ」
「それは――」
 レテは言葉に詰まった。なんと言い返せばいいのか分からなかったのだ。ライはそれを察したのか、ふう、と再び息をついて、レテに言った。
「意地張ってないで、アイクに本当のことを言ってこいよ。本当はあいつと一緒にいたいんだろ? できることなら、あいつと一緒にクリミアに行ってもいいって思ってるんだろ? 違うのか?」
「お、お前に私の何が解る!」
「解る。お前は何も表情に出していないようで、意外と解りやすいからな。それに言っておくが、俺はお前たちのことを一年半もずっと横で見てきたんだぜ? お前たちの感情に気付かないほど鈍感じゃないさ」
「…………」
 悔しい、何とか言い返したいと思ったが、言い返す言葉が見つからなかった。それどころか、ライの言うことが自分の中での真実の心であるようにさえ思えてきた。
 確かに、アイクに「クリミアに来ないか」と言われた時、レテの心は動揺していた。しかしそれは、ただ予想しなかったことを言われたということに驚いただけではない。少しずつ、少しずつだが、アイクの方に心が傾いていくのを感じ取ったから、動揺したのだ。このままアイクと共に生きたいとさえ思う自分の心に気付いたから、動揺したのだ。
 なのに自分は、アイクを怒らせるようなことを言って突っぱねてしまった。アイクの前で、最後の最後まで素直になれなかった。
「だが、アイクは怒っていた。私が今から行っても――」
「行けよ。お前が行かなきゃ何も変わらない。行かなきゃ、お前は一生後悔したまま過ごすことになるんだ。それだけは断言できる」
 レテは少し考えるような仕草を見せた。そうして細かく目が動いた後、レテは顔を上げてライを見た。
「分かった」
 短くそう言い、素早く休憩室を出て行った。口の中で小さく何かを言いながら、レテはアイクのもとへ走った。
 そんな彼女の様子を、ライは微笑しながら見つめていた。


「アイク!」
 アイクは兵舎の廊下を歩いているところだった。レテが声を上げて彼の名を呼ぶと、アイクはさっと後ろを振り向いた。その表情からは果たして怒っているのかどうなのか見分けがつかなかった。しかし、これはいつもの彼の表情だ。
「何か用か?」
 アイクの声もいつもの通りだ。レテは少しほっとする気持ちを感じながら、アイクに言った。
「先程は、すまなかった。お前を怒らせるようなことを言って」
 アイクが少し目を見開いたような気がした。レテは思わず、胸の前で手を握りしめていた。
「私は、どうすればいいのか分からなかったんだ。ここを離れることなんて、考えもしなかったから」
 彼女らしくない、困ったような口調だった。アイクは表情を変えないながらも、細かく瞬きをしながら、レテを見つめていた。
 と、その時急に、レテは周りにも他のガリア戦士がいたのだということに気が付いた。ちらりとではあるが、視線を送ってくる者もいる。レテは急に真っ赤になり、アイクの手を握った。アイクは、先程よりいっそう目を見開いた。
「こ、ここでは都合が悪い。私の部屋に来い」
「お、おい」
 アイクは小さく抵抗したが、本気でそれをしようとはせず、ただレテについていった。その間、アイクと触れ合っている手の部分がほんのりと熱を持っているように感じられ、レテはますます赤面するのだった。何故こんな気持ちになるのか、未だによく分からなかったのだが。
 レテの部屋の前に着いて、二人はその中に入った。レテの部屋は簡素なもので、無駄な飾り物は一切置いていなかった。レテらしいな、とアイクはぽつりともらしたが、レテの耳には入らなかったようだった。
 レテは部屋のカーテンを開けてから、やっとアイクと向き直った。アイクも真っ直ぐにレテを見つめる。
「アイク、私に怒っているか?」
 アイクは唐突な質問に目をぱちくりとさせ、すぐに首を横に振った。
「いいや。もう気にしていない」
「そうか。良かった……」
 レテは小さく息をついた。アイクは少し怪訝そうな表情を見せながら、レテに言う。
「しかし、あんたがそんなことを気にするなんて、珍しいな」
「わ、私だって、お前の機嫌くらい気にすることはある。それにさっきのは、私が悪かったのだからな」
「そうか」
 弁解するように慌てて言ったレテの答えに納得したのか、アイクは小さく頷く。レテは今度は気を落ち着かせるように大きく息を吐いた後、言葉を続けた。
「それで、お前の言っていた、クリミアに行くか行かないかという話だが」
「俺から言っておいてなんだが、どちらでも構わん。レテが考えて決めてくれればいい。俺はあんたに無理強いする気はない」
 先程のレテの言葉によほど傷ついたのだろうか、あのアイクが相手の都合を優先するような言葉を言ってきた。そのことで、レテの心はちくりと痛んだ。
「さっきも言ったが、私はここを離れることなんて考えもしなかった。だから、本当にどうすればいいのか分からなかった」
 レテが顔を逸らし気味に呟くように言うと、アイクは尋ねた。
「じゃあ訊くが、その気になれば、レテがクリミアに移住することも可能なのか?」
「王が許してくだされば可能だと思うが、わからん。さっきも言ったように私は、ここを離れることを少しも考えたことがないからな」
 レテはそう言って首を横に振った。しかしその途端、アイクの表情が変わった。確固たる決意を持った時に見せるようなあの表情を、レテの方に真っ直ぐに向けてきた。
「だったら、許可をもらいに行けばいい。獅子王はいつもの部屋にいるんだな?」
「ち、ちょっと待て。アイクお前、今から王に許可をいただきに行くというのか?」
「そうだ。何事も、早いほうがいい」
 アイクは本気だったようだ。それだけ言うと、すぐにレテの部屋を出て行こうとした。
 レテはそれを見て慌てた。とっさに、アイクの手をぐっと握って彼を止めていた。アイクは勢いよく振り向き、レテに今度は疑問を浮かべた表情を見せた。
「どうした?」
「待て。私はまだ、何も言っていないぞ」
 その途端、アイクは気が抜けたように、走る体勢で構えていた腕を下ろした。拍子抜けしたように、肩も少し下がった。
 そんなアイクの様子を見て、レテは思わず笑みをこぼしていた。同時に小さく彼女の口から漏れ出た笑い声を聞きつけ、アイクは目を丸くした。
「何がおかしいんだ?」
「いや、お前の気がはやっているのがおかしくてな」
 そう言ってひとしきり笑った。アイクはいつもの無表情になり、笑っているレテをじっと見つめていた。
 その後、レテは真っ直ぐにアイクを見つめた。
「分かった。なら、私も一緒に行く」
「いいのか?」
「ああ。向こうへ行けばベオクの環境で自分を鍛えることもできるし、何より――お前がいるからな、今までのように」
「そうだな。やはり、鍛錬は続けるつもりなんだろう?」
 アイクが尋ねると、レテはふんと鼻を鳴らした。
「当たり前だ。たとえ仕えるべき主君から離れたとて、私がそれを欠かすはずがあるまい」
「なら、その時も俺の手合わせの相手をしてくれるか?」
「お前がそれでいいなら、私に異存はない」
 レテはそう返しながら、いつか今のと同じ言葉をアイクに向かって言ったことがあった、と思い出していた。
 そうだ、あれはまだ戦時中だった。アイクをガリアに誘った後、鍛錬の相手はやってくれるんだよな、と確認するかのように尋ねてきたアイクに、今と同じ言葉を返したのだ。
 しかし、あの時とは少し違うことがある。それはまるでレテも当たり前のことを確認しているだけのように、断定的な口調になっていたことだ。あの時は予想もしなかったアイクの言葉に、戸惑っていた覚えがある。
 しかし、もう戸惑うことはない。アイクはいつの間にか、レテの中でそれくらい大きい存在になっていた。このままずっと、一緒にいてもいいと思えるほどに。それでなければ、クリミアへ行くことなど、考えもしなかっただろう。
「アイク、行くか」
「ああ、そうだな」
 二人は同時に頷き合い、部屋を出て行った。獅子王のところへ行き、レテがガリアを離れクリミアへ移住する許可を得るために。そして、レテがアイクと共に暮らすために。
 その時の二人の顔は、普段見たことがないくらいに晴れ晴れとしていた。
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