「ふっ! やあっ!」
拠点内の訓練場に、ヒノカの鋭い声が響き渡る。
夜も更けた頃、ヒノカは一人でここを訪れていた。
今日の戦いで、敵軍の攻撃をかわしきれず、あわや落馬寸前という事態まで陥ったこともあり、ここで自らの動きの再確認をすることにしたのである。その日中に確認し修正しておかなければ気の済まない性分なのだ。
「いってらっしゃい。あまり無理はしないようにね」
ヒノカらしいとでも言いたげに笑いながら送り出してくれた伴侶の顔が、一瞬脳裏に浮かぶ。
薙刀を振り払い、突き刺す動きを一通り終えたところで、ヒノカはふう、と額の汗を拭った。
刹那、ずきん、と右腕に痛みが走り、ヒノカはその箇所へ視線を向ける。透魔軍の天馬武者の攻撃を受けた時にできた赤い擦り傷が、今もなお残っている。サクラの癒しの杖を受け、傷口は塞がっているが、痛みはもう二、三日は続くだろう。
この程度の痛みなら慣れている。さして戦闘に影響はないだろう。利き腕なのはやや気がかりなところではあるが、今までその箇所に傷を受けたことは一度や二度ではないし、痛みを誤魔化しながら戦うやり方も、一応は心得ている。
が、これ以上激しく動いて痛みを悪化させるのも良くない話だ。その部分を庇うようにそっと左手で覆いながら、ヒノカはよし、と呟いた。
「これで終わりにするか」
薙刀を携え、ヒノカは訓練場を後にした。
部屋に戻ると、伴侶であるレオンの姿はそこにはなかった。ヒノカが訓練場に向かう頃、タクミの部屋で将棋を指すと言っていたから、きっとそこにいるのだろう。ヒノカは特に疑問にも思わなかった。
「ショウギ、というものは、なかなかに奥が深いゲームだね」
あれは先日のこと。タクミの部屋で初めて将棋を指してきたというレオンは、顎に手を当てながらそう言って微笑んだ。
「それで、勝ったのか?」
「さすがに初めてだったからね。タクミ王子には敵わなかったが……だいたい、やり方は分かった。次からは負けないよ」
レオンが気合いの入った口調で言うのを聞きながら、レオンらしい、とヒノカは密かに微笑ましく思った。タクミの将棋の実力を認めつつも、やはり勝負事に負けるのは許せない性分なのだろう。
それからも暇を見つけては将棋盤とにらめっこしていたから、今日はその練習の成果を存分に発揮していることだろう。ヒノカは将棋盤を前に向かい合っている二人を想像して、自然と笑みが浮かんだ。
汗を流すため、温泉に行く準備を終えて、ヒノカは部屋を出た。この時間なら人も少ないはずだ。もしかしたら貸し切りになるかもしれない、などと考えながら。
拠点内を少し歩いて、温泉へと辿り着く。
思った通り、そこに人の気配はなかった。脱衣所は広いが、一通り見渡したところ、誰かの服が置かれているということもないようだ。ヒノカは安堵して、服を脱ぎ始めた。
一糸纏わぬ姿となった後、手ぬぐいを一枚広げて前を隠しながら、温泉へと続く扉を開けた。一瞬、もわっとした湯気が視界を覆う。
だが――誰もいないはずだと安堵しきっていたヒノカの耳に入ってきたのは、想定外の人物の声だった。
「ヒノカ!?」
なっ、とヒノカは驚いて身体を硬くする。届いたその声は、確かに男性のものだったからだ。それもよく聞く人物の声――ヒノカはまさか、と思いながら目を凝らし、湯気の中に蠢く人影を見つけた。
そこには、驚いた表情のレオンが立っていた。こちらも当然、一糸纏わぬ姿で。
ヒノカは顔が熱くなるのを感じた。それは決して湯気のせいなどではなかった。思わず後ずさりして、そういえば、入り口の表示をきちんと確認してこなかったことを思い出す。この時間は男性の入浴時間となっていたのかもしれない。
「あ、ええと、その、すまない! まさか誰かいるとは思わなくて……! すぐ出る!」
ヒノカは慌てながらもそれだけを言い、身体を翻そうとした。
「待ってよ、ヒノカ!」
レオンの声が背に届く。ヒノカはそろそろとレオンの方を振り返った。レオンは湯船を出て、ヒノカの方にゆっくりと歩み寄ってきた。
「もし、ヒノカがいいなら……一緒に入らないか?」
意外な言葉に、え、とヒノカは戸惑いの声を上げる。レオンは顔を上気させつつも、その唇にはうっすらと微笑みを浮かべていた。
「僕は構わないけど。夫婦なんだし、今更隠すこともないし」
それはそうだが、とヒノカは軽く俯いて躊躇った。まさかこんなタイミングでレオンの裸を見ることになろうとは、そしてこちらの裸を晒すことになろうとは思ってもみなかったのだ。
夫婦となって数日経つが、未だレオンに抱かれたことはなかった。それは恋愛に免疫のないヒノカに対し、レオンが配慮してくれていたからだ。口付けまでは済ませたけれど、それ以上のことになるとまだ心の準備ができていないのが正直なところだった。
だが、まあ、いずれはその時が来るのだから、早いも遅いもないのかもしれない。
ヒノカは顔を上げてレオンを見た。レオンは待ってくれている。ヒノカの心の準備ができるのを。
「嫌なら、僕が出るよ。どうせ、そろそろ出ようと思っていたところだから」
未だ決めかねていると思われたのだろうか、助け船を出してくれた彼の配慮を嬉しく思いながら、ヒノカは小さく首を横に振った。
「いや……私は、構わない。レオンと一緒でも」
「そう、良かった」
レオンは安堵したように微笑んだ。ヒノカの心臓が一段と大きく高鳴る。
だが、それは、嫌な高鳴り方ではなかった。未経験の境地に足を踏み入れた時の、好奇心からくる昂ぶりに似ていた。
レオンは温泉の入り口に貸し切り、と表示させて、誰も入ってこないようにした。この時間だから誰も来ないとは思うけど一応ね、と言いながら。
軽くかけ湯をした後で、ヒノカはレオンと一緒に湯船に浸かることになった。
本来ならば手ぬぐいを浸けてはいけないのだが、未だ裸を見られることの抵抗感から、ヒノカは手ぬぐいで前を隠したまま、そろりと湯船に腰を落とした。レオンは一瞥しただけで、それ以上は何も言わなかった。
胸の鼓動がいつもより速いのを感じる。隣に座るレオンを見ながら、ヒノカはそわそわとして落ち着かないのを感じていた。こんな無防備な姿で彼と向き合ったのは初めてだ。頼りない一枚の手ぬぐいをどければ、彼に生まれたままの姿を晒すことになる。
「それで……動きの確認は、できた?」
唐突に問われ、ヒノカは思わずはっとした。先程の訓練場でのことを聞かれているのだと理解するのに、数秒要した。
「あ……ああ。一応は」
「そう、良かった。無理はしてない?」
「大丈夫だ。大したことはない」
レオンはヒノカの方を振り返り、ヒノカの右腕に視線を落とした。赤く走る傷跡にそっと触れられて、ヒノカは僅かに顔をしかめた。
「っ……」
「やっぱり、痛みがあるんだね。次の戦いは無理しないで。僕が前に出るようにするから」
「いや、この程度なら大したことは――」
そう言いかけたところで、レオンはきっとヒノカを睨んだ。
「駄目だ。利き腕なんだよ? 更に悪化するようなことになったら、戦うことすらできなくなる」
もっともな正論に、ヒノカは唇を噛むことしかできない。
「それは……そうだが……」
「それとも、僕のことは信用できない?」
レオンに顔を覗き込まれ、ヒノカは慌てて首を横に振った。
「そんなことはない! でも……後ろに回るのは、なんだか落ち着かない気がして……」
「ヒノカは杖が使えるじゃないか。僕が前に出て傷ついたら、それで癒すようにしてほしい」
レオンの言葉に、ヒノカは再びはっとした。
ヒノカは先日聖天馬武者になり、杖の使用が認められたばかりだ。ゆえに簡易な杖しかまだ扱えないが、確かにあれなら彼のサポートができる。前線に出るばかりが戦いではない。そのことを今更ながらにレオンに教えられた気がして、ヒノカの心につかえていたものが取れた。
やはり、彼の言うことは正しくて、そして納得できることばかりだ。ヒノカは改めてそう思った。言葉そのものは厳しくても、彼は間違ったことは言わない。ヒノカが迷い悩んだ時も、間違った方向へ向かおうとした時も、必ず適切な答えを提示して、道を正してくれる。だからこそ、ヒノカはレオンに全幅の信頼を置いているのだ。
ヒノカは先程まで感じていた緊張感が、徐々にほぐれていっていることに気付いた。レオンに対する羞恥心が少しずつ薄れていく。ヒノカは自ら、覆っていた手ぬぐいを取り去って、湯船の外に置いた。
それに気付いたレオンが、やや驚いた表情でヒノカを見る。ヒノカは反射的に胸を隠し足を閉じつつも、それ以上を隠すようなことはしなかった。
「ヒノカは綺麗だね」
レオンの唇の端に笑みが浮かぶ。ヒノカの身体が熱くなるのを感じた。
「な……何を言うんだ、いきなり」
「そのままの意味だよ。やっぱり鍛えているせいかな、綺麗な身体をしている」
レオンはそう言いながら、ヒノカの左肩にそっと手を置き、そのまま腕の下へと手を滑らせた。ヒノカはどきどきしながらレオンを見上げる。レオンはふふ、とおかしそうに笑った。
「真っ赤になってる。可愛いな」
「そ、それは、だって」
「本当に、可愛い」
レオンはそう言うなり顔を近づけ、ヒノカに口付けた。
吐息が行き場を失って、一瞬、ヒノカの時が止まる。再び動き出した時には既に、甘い痺れが全身に回っていた。ヒノカの身体から、少しずつ力が脱けていく。
「んっ、ん……」
何度も何度も、口付けは繰り返された。その度にヒノカの意識が蕩けていく。レオンの舌の侵入を、何の疑問もなく受け入れていた。舌を絡め、唾液を絡め、更には腕をも絡め、密着した。
「あ、っはぁっ……」
熱い息を吐き出して、ヒノカはとろんとした目でレオンを見つめた。
「ヒノカ……愛してる」
レオンの言葉が雫のように落ちて、心に広い波紋を作る。
普段なら言われるのも、無論言うのも恥ずかしい言葉。だが、湯にのぼせてしまったせいか、レオンの口付けに狂わされてしまったせいか、ヒノカは躊躇いもなく言葉を紡いでいた。
「私もだ……愛している、レオン……」
レオンの唇に満足げな笑みが浮かぶ。一瞬の後、その唇はヒノカの皮膚に押し当てられていた。唇、頬、耳、首筋、鎖骨、あらゆるところへ。
「んっ、あ、はぁっ……」
彼に口付けられるたび、ヒノカの身体はいちいち反応して軽く跳ねた。こんなふうに全身に触れられたのは初めてで、全ての感覚が新しく、ヒノカは殊更敏感に反応した。
「可愛いな。本当に……」
レオンはそう言って、ヒノカの胸の突起に口付けた。
「ひあっ!?」
ヒノカは今までで一番大きな反応を見せた。反射的に隠しそうになった手を、レオンがやんわりと押しとどめた。
「嫌?」
レオンが小首を傾げて尋ねてくる。ヒノカは即答できずに口をつぐんだ。初めてでどうしていいかわからない。でも、レオンに触れられるのは、決して――
「嫌じゃ……ない」
「良かった」
ヒノカがそう言うと、レオンは安堵したように微笑んだ。
レオンはゆっくりと胸の突起に唇を這わせた。ちゅ、と口付けては舌の上で転がされる。ヒノカの口から無意識に熱い吐息が洩れた。もう片方の胸にもレオンの手が掛けられ、ゆるゆると揉みしだかれる。
ヒノカの胸は他の女性と比較しても決して小さくはないのだけれど、彼の姉の胸を不意に思い出してしまって、急にヒノカの心は劣等感でざわざわと揺れ始めた。
「あ、レオン……その……」
「ん? 何?」
ヒノカは顔を真っ赤にしながら、見上げてくるレオンから視線を逸らした。
「も……もう少し、大きい方が……良かっただろうか……」
「なんで? そんなこと思う必要ないよ」
「そ、そう、か……?」
いまいちすんなりと受け入れられずにいるヒノカに、レオンは首を伸ばし、優しく口付けた。
「ん……」
「僕はヒノカがいいんだ。他の女性のものになんて興味ないよ」
至近距離でそう囁かれて、ヒノカはますます頬を赤くした。
嬉しくてたまらないからこそ、落ち着かない気分になる。自分に女性としての魅力はないと決めつけてこの数年間生きてきた。レオンはヒノカの魅力を見つけては素直に褒めてくれるのだけれど、肝心のヒノカの方は受け入れる準備ができていなくて、いつも戸惑ってしまう。
そのことは、レオンも知っている。だからこそ、優しく言葉を重ねてくれるのだ。ヒノカが自分で認められるまで、何度でも。
「綺麗な形だし、柔らかいし、僕は好きだよ。ヒノカの胸」
「レ、レオン……」
「まあ……くだらない噂だけど、好きな男に揉んでもらえば大きくなるっていう話もあるしね。ヒノカがそれを望むなら、僕はいくらでもそうするつもりだけど?」
「そ、そんなことは……!」
真っ赤になってふるふると首を横に振るヒノカがおかしいのか、レオンはくすくすと笑った。
「まあ、今は僕がそうしたいから、そうさせてもらうけど」
レオンは再び、ヒノカの双丘をゆっくりと揉みしだいた。
突起を指や舌で転がされるたび、身体がますます熱くなるのを感じて逃げ出したくなる。自分が自分でなくなってしまうような感覚に、何度も何度も襲われた。
「あ、っ……はぁん、レオン……私……」
我慢できずに声を洩らすと、レオンは嬉しそうに微笑んだ。
「感じてるんだね、ヒノカ。可愛い」
「私……なんだか、おかしくなりそう、で……」
「いいんだよ、それで。そんなヒノカがもっと見たい」
耳元で囁かれる。レオンの熱い吐息がかかって、ヒノカは思わず目を閉じていた。
レオンの指が胸の突起から離れて、つ、と腹の上を滑っていく。ヒノカは反射的に足を閉じていた。レオンの指はその寸前で止まったが、ヒノカは思わず身体を硬くした。男女の営みの中で、そこに触れられないわけがないと頭で理解している。しているが、どうしても、すぐには心がついていかない。
「そろそろのぼせそうだし、一旦上がろうか」
そんなヒノカの心情を察してくれたのか、レオンは指を離して、そのまま立ち上がった。一瞬レオンの男性器が目に入り、ヒノカは思わず視線を逸らす。本当に今更にも程があるのだが、そのまま見つめるのはどうしても抵抗があったのだ。
レオンが湯船の外へ出て、まだ湯船に浸かったままのヒノカに手を伸ばす。
「ほら」
ヒノカは促されるまま手を握り、湯船から上がった。
僕はもう終わってるから、とレオンはヒノカに新しい手ぬぐいを渡し、先に浴室を出て行った。
渡された手ぬぐいで、ヒノカは一人で髪と身体を洗った。部屋で待ってるから。そう告げたレオンとこれから何が起こるか、ヒノカはもちろん知っている。だからこそ、身体を洗う手の動きがいつもより念入りになった。出来る限り綺麗な身体で、彼と相対したい――ヒノカの奥底に眠っていた乙女心が、何よりもそう強く願った。
ヒノカが脱衣所に出て来ると、レオンは既にその場にいなかった。ヒノカは手早く服を身に着け、温泉を出た。
部屋に戻ると、レオンは冷水の入ったコップを持って窓の外を眺めていた。今日は満月だ。明るい月の光が部屋の中を照らしている。
「おかえり」
「ああ……ただいま」
レオンは残っていた冷水をあおるように飲み干し、コップをテーブルの上に置いて、ベッドに腰掛けた。
ヒノカは荷物を部屋の隅に置き、ゆっくりとレオンの方へと向かった。レオンが手を伸ばしてくる。その手に指を絡めながら、ヒノカは倒れ込むようにして、レオンの胸へと身体を預けた。
「ヒノカ……」
「レオン、」
口付けをしながら、二人の身体はベッドに倒れ込む。レオンはヒノカを受け止めた後、ゆっくりとベッドに寝かせながら上へと回り、ヒノカをベッド上に押し倒したような体勢になった。レオンの赤褐色の瞳に見つめられて、とくん、とヒノカの心臓が高鳴る。
「優しくするよ。出来る限り、だけど」
ヒノカは了承の言葉の代わりに、レオンの首に両腕を回した。その時、微かに右腕が痛むのを感じた。ヒノカは多少の痛みは構わぬと思っていたのだが、レオンはヒノカの右腕を優しく掴み、やんわりとベッドへ下ろした。
「こっちは動かさなくていいから」
彼の気遣いが嬉しく、ヒノカはありがとう、と小さく礼を言って微笑んだ。
「当然だろう。こんなことで痛みが悪化したら、洒落にならないからね」
笑って言いながら、レオンはヒノカの上から退いた。
「痛くないようにゆっくりでいいから。服、脱いでくれる?」
「ああ……わかった」
ヒノカは身体を起こし、服を脱いでいった。レオンは不躾にそれを見ることはせず、自分も着ていた服を脱ぎ始めた。
やがて先程の温泉と同じ、一糸纏わぬ姿になった二人は再び相対した。ヒノカがベッドに横たわると、レオンはそれに覆い被さり、優しく口付けを落としてくれた。
「んっ……」
ヒノカの身体に甘い痺れが回り始める。少しレオンの息が上気し始めた。右手で乳房を揉みしだきながら、ああ、と深い溜息を洩らした。優しくするとは言ってくれたけれども、彼にも余裕がないようだ、とヒノカは悟った。
「ヒノカが欲しい……」
レオンはそう呟いて、ヒノカの両膝に手を掛けた。閉じられたその部分をやんわりと割り開き、レオンの指はついに、ヒノカの蕾へと到達した。
「あ……! レオン、そこは……!」
ヒノカは反射的に足を閉じようとしたが、レオンの身体が間に入り込んでしまい、それも叶わなくなってしまった。レオンは息を上げながら、ヒノカの茂みから潤んだ蕾を探り当て、その部分に顔を近づけた。
「レオン! っぁあっ……!」
レオンの舌が押し当てられただけで、ヒノカのそこは敏感に反応した。レオンの息がかかる。彼は笑っていた。ヒノカは羞恥のあまり顔を背けた。
「本当に可愛いな、ヒノカは……そんな反応されたらたまらないよ」
「あ、だって、そこは……ひぁっ!」
レオンの舌で嬲られて、ヒノカはいよいよ頭がおかしくなりそうになった。シーツに爪を立てて必死に堪えようとするのだが、そんなものは何の抑止力にもならなかった。ヒノカが我慢できずに喘ぐ度、レオンは満足げな笑みを閃かせた。レオンの舌が一番敏感な芽をねぶった時、ヒノカは一層大きな嬌声を上げた。
「あぁあん!」
「やっぱり、ここがいいんだね。だいぶ濡れてきたよ」
「や、そんな、こと……っ!」
ヒノカの羞恥が最高潮に達する。
自分でも、その部分から蜜が溢れ出していることは感覚として理解していた。だがレオンの愛撫を受け止めるのに必死で、気付いていなかったのだ。レオンに指摘されて慌てて下半身に力を入れてみるが、かえって内側の蜜を押し出す形となって、抵抗は無駄に終わった。ヒノカはあまりの恥ずかしさにレオンと向き合えず、顔を明後日の方向に向けた。
「ありがとう、ヒノカ」
「……え……?」
意外な言葉が彼の口から飛び出したことに驚いて、ヒノカは思わずレオンの方を見た。レオンはヒノカの秘所へと視線を落としながらも、穏やかな表情をしていた。
「僕を受け入れる準備をしてくれているんだね。ここは」
指の腹で花弁をなぞられ、ヒノカは思わず甘い声を上げてしまう。
「ぁんっ……」
レオンは指を離し、ヒノカに覆い被さると、やや強引に唇を奪った。ヒノカは慌ててそれに応える。レオンの舌がヒノカを求め、ヒノカはおそるおそる自分のそれを差し出し絡めた。
情熱的で、しかしどこか必死なキス。その違和感にうすうす感付き始めたヒノカは、吐息の合間にレオンが見せた表情に驚いた。いつもは上がっているはずの細い眉は尻下がりになり、自信に満ち溢れていたはずの赤褐色の瞳は切なげに揺れていた。まるで今にも泣き出しそうな表情。彼のこんな表情を見たのは、ヒノカが戦闘中に酷く負傷した時以来だった。
「レオン……何故そんな顔をするんだ……」
ヒノカは思わず慈しむようにレオンの頬を撫でていた。レオンは深い溜息を吐くと、ゆっくりと瞼を下ろした。
「あなたに拒絶されたらと思うと怖かった。ずっと怖くて、ずっとこうしたかったのに、できなかったから」
ヒノカは目を見開いた。他人に弱みを見せたがらないレオンが、初めて素直に見せてくれた、ありのままの姿だった。
ヒノカはずっと彼を不安にさせていたのだ。恋愛は慣れないからと、自分は自分に言い訳ばかりしていたというのに――ヒノカは改めてそんな自分を恥じた。レオンに触れたかったのは、自分も同じなのに。
「レオン……すまない。私は自分のことしか考えていなかった……お前がそんな思いを抱いていたなんて思いもせずに、自分勝手だった。本当に、すまない」
レオンは瞼を上げて、ヒノカに微笑んだ。目を伏せてしまったヒノカの頬を、今度はレオンが優しく撫でた。
「謝る必要なんてないよ。当然のことだ。だから、僕はヒノカのことは大事にすると決めた。あなたの心構えができるまでは、触れないようにしようって誓ったんだ」
「レオン……」
「まあ、偶然とはいえ、ヒノカが温泉に入ってきてくれたのはラッキーだったのかもしれないけど。僕は最高のチャンスをもらったわけだからね」
レオンの唇に、いつもの皮肉げな笑みが戻って来た。ヒノカはあの時のことを思い出し、思わず顔を赤くした。まさかレオンという先客がいたなんて思いもせずに、何の躊躇いもなく浴室への扉を開けた自分を思い出し、強い羞恥心に襲われる。
「本当は怖かったんだけどね。一緒に入ろうって言った時。嫌だって言われて逃げられたらどうしよう、って。でも、そうじゃなかったから。僕は嬉しかったんだ」
レオンは微笑みながらヒノカに口付けた。ヒノカはありったけの思いを込めて、それに応えた。
「私も……本当は、お前に触れて欲しかったんだ」
ヒノカがそう告白すると、レオンは驚いたように目を見開いた。ヒノカは少し視線を逸らした。
今更ながらに気付いた、奥底に眠る感情。レオンの手がヒノカの肌に触れるたび、ヒノカの心は高揚していた。羞恥や本能的な興奮、そういったものの根底にある感情の正体に、ヒノカはようやく気付いたのだ。
「だが、面と向かってそう言うのも……その、恥ずかしくてな。どうすればいいかわからないまま、ここまで来てしまった」
「本当に? ヒノカは、本当に、そう思ってくれていたのかい?」
レオンは確かめるようにヒノカの顔を覗き込んだ。ヒノカはああ、と自信を持って頷いた。
「偽りなき、私の本心だ」
レオンは深々と溜息を吐いた。それは先程の溜息とはまるで意味合いが違っていた。
我慢できぬと言うように、レオンはヒノカに口付けた。それまでとは違い、激しくヒノカを求めて来た。何度も何度も唇を落とされ、舌を絡められ、唾液を混ぜられ――ヒノカは息が出来ずに喘いだ。花弁が再び潤み出すのを感じながら、キスでも感じることがあるのだと、初めて知った。
「ヒノカ……愛している。あなたが欲しくてたまらない、今すぐに」
「私も……」
艶めかしい色を放つレオンの瞳に吸い込まれそうになる。ヒノカは左腕をレオンの首後ろに回し、ぎゅっと抱き寄せた。
「レオン、私を……抱いてくれ」
刹那、レオンの瞳の色が変わったことに、ヒノカは気付いた。まるで獲物を狙う獣のような――そう形容するも束の間、レオンは人差し指をヒノカの花弁の中へと差し入れてきた。
「あぁっ……!」
突然のことに驚いて、思わず下半身に力を入れてしまう。レオンの指は行き場を失い小刻みに動くしかできなかったようだが、かえってそれがヒノカの快感を呼び覚ます結果となってしまった。
「やぁっ、レオン、そこは……! あぁんっ!」
「ヒノカの蜜が、僕の指に絡みついてる。いっぱい……」
「そ、そんなこと、言わないでくれ……!」
レオンの唇が楽しげに歪む。
「けど、これを望んだのはヒノカ自身だろう? 全く……抱いてくれだなんて、反則だ」
レオンの指がヒノカの入り口を少しずつ広げるように動く。
「ヒノカ、力を抜いて。ゆっくりでいいから……そう、」
レオンが優しく腰をさする。ヒノカはずっと身体を硬くしてしまっていたが、意識して少しずつ身体から力を抜いていった。レオンの指がもう一本入り、ヒノカの花弁を押し広げる。レオンは身体を少し前へ押し出し、ヒノカの目はその時初めてはっきりと、レオンの陰茎を捉えた。
レオンの陰茎は赤黒く光り反り返っていた。興奮した男性がそうなるものだというのを、ヒノカはある程度知識として持っていたが、実際に見るのは初めてだった。あれが、私の中に。ヒノカは思わず唾を呑み込んだ。
視線に気付いたレオンが、微かに頬を赤らめて笑った。
「ヒノカは、見るのは初めて?」
「あ、ああ……こんなふうになっているのを見るのは初めてだ」
「さっきからずっとこうなってたよ。ヒノカがあんまり可愛いから」
む、とヒノカは顔を赤くする。レオンは根元を片手で押さえ、先端をヒノカの花弁に口付けた。レオンの指でほぐされたヒノカのそこが、レオンを受け入れようとしている。愛の蜜が溢れんばかりに、ヒノカの内部を潤していた。
「ヒノカ……いいかな。もう我慢できないんだ」
「ああ……レオンの思うようにしてくれ」
「じゃあ――」
レオンは先端だけ、ヒノカの花弁にくわえ込ませた。
途端に襲う異物感。ヒノカは僅かに顔を歪めた。指とは違ってさすがに大きく、正直なところ、受け止められる自信がない。レオンはその間もゆっくりと腰を沈めている。じり、じりと、レオンの陰茎が、ヒノカの中へと進入してくる。
「――っっ!」
半分ほどのところで、ヒノカは大きく顔を歪めた。強い痛みに襲われたのだ。レオンはすぐそれに気付き、陰茎を外へ引っ張り出した。蜜に混じって違うものがヒノカの膣から流れ出してくる。レオンはいたわるように、入り口を優しく愛撫した。
「ごめん……加減が分からなくて。僕も初めてだから……」
彼の指が一瞬見え、ヒノカは自分の膣から血が出ていることを知った。処女だから仕方のないこととはいえ、彼を驚かせてしまったに違いない。痛みがないといえば嘘になる。だが、ヒノカはここで止めたくはなかった。
「レオン……いいから。私は大丈夫だから、このまま進めてくれ」
「えっ、でも……」
未だ戸惑いの表情を浮かべているレオンに向かって、ヒノカは自分の指で、秘所を押し広げた。レオンは驚いたように口を開けた。
「レオンと一つになりたいんだ。だから……」
「ヒノカ……」
レオンは喉を鳴らして唾を呑み込んだ。
ヒノカが広げている場所に向かって、レオンが再び陰茎を挿入する。再び、あの痛みが襲う。だが、もう抵抗はなかった。
「いいから。もっと奥へ来てくれ、レオン……」
「ヒノカ……ああ……」
レオンの腰が最後まで沈み、ようやく、陰茎が奥まで入り込んだ。
激痛が走ったが、ヒノカは幸せを感じていた。やっと一つになれた。夫婦となってからここまで、どれほどの過程が必要であったことか。ヒノカは目を閉じて、それらのことを振り返っていた。彼に手を触れられることすら恥じらっていたあの頃が、随分昔のことのように感じられる。だが、全てをさらけ出した今、恥じらうことも後ろめたいことも、何もない。ただただ、彼と一緒にいられる幸せを、両手を広げて享受するだけでいい。
レオンの腰がゆっくりと動く。今まで誰の進入も許したことのないその場所を無理矢理押し広げられる痛みは続いていたが、ヒノカはその中にも微かな快感を感じ取っていた。
「ヒノカ……すごく気持ちいい……」
レオンは顔を上気させていた。快感にうっとりとした表情を浮かべながら、ゆるゆると腰を動かす。彼の陰茎がヒノカの襞を擦るたび、レオンは荒く息を吐き出した。
「ああ……僕、もう……」
「レオン……感じているのか……」
レオンは苦しげにただ頷いた。ヒノカは急に嬉しくなって、痛みを忘れてしまった。自分の中で気持ち良くなっているレオンが、とてつもなく愛おしくてたまらなかった。
おそらく自分を気遣ってだろう、ゆっくりと動くばかりのレオンに、ヒノカは早口で言った。
「レオン、いい、レオンの思うように動いてくれ、いいから」
「でも……痛いんだろう、ヒノカ?」
「痛くないと言えば嘘になる……が、お前の気持ちよさそうな顔を見ていたら、どうでも良くなった。レオンが気持ち良くなってくれたら、それだけで私は幸せだから」
その言葉で、レオンの理性はぷっつりと切れてしまったようだった。
「ヒノカ――ッ!」
吠えるように名を呼び、途端に狂ったように腰を打ち付けてくるレオンに、ヒノカは戸惑った。痛みが込み上げる。だが、レオンの温もりを内側で感じていると、次第にその痛みが和らぐのを感じた。それに、痛いばかりではない。襞の内側を擦られる感覚が背を走り抜け、ヒノカは快感のあまり身を仰け反らせた。快感はあっという間に痛みを上回り、次から次へと襲い来る感覚を受け止めきることができない。
「あぁ、レオン、ああぁっ……!!」
受け止めきれなかったものが溢れ、シーツをこれでもかというほど握り締め、刹那――視界が真っ白になった。
「ヒノカ、愛している、ヒノカ、好きだ、ああ――っ!」
レオンも叫び、そして――果てた。
脱力した身体に、彼の精が自分の中に注ぎ込まれるのを感じながら、ヒノカは目に涙を浮かべていた。
「……ごめん。優しくするって決めたのに」
レオンは己を引き抜くと、零れ落ちそうになっていたヒノカの涙を人差し指で拭った。痛みから来る涙だと思ったのだろう。彼の表情は罪悪感に満ちていた。
ヒノカは首を横に振って微笑んだ。まだ彼の感覚の残る下腹部を愛おしむようにさすりながら、ヒノカは熱い息を吐き出した。
「私は幸せだ。好きな男に抱いてもらえて。だから、そんな顔をしないでくれ」
「ヒノカ……」
レオンはヒノカに覆い被さり、口付けを落とした。レオンの熱い吐息がかかる。それがくすぐったくて、心地よくて、ヒノカは思わず目を閉じていた。
「やっと、一つになれた」
レオンが感慨深げに呟いた。感慨深いのはヒノカも同じだった。少しずつこわごわと距離を縮めてきた二人が、ようやく躊躇いなく身体を重ね合わせることができたのだ。
「痛い?」
ヒノカが下腹部をさすっているのを見て、レオンが心配そうに尋ねてくる。ヒノカはいいや、と首を横に振った。
「大丈夫だ。それより、レオンと一つになれたことの方が、嬉しかった」
普段なら口にするのも躊躇われる言葉が、するすると口から飛び出してくる。レオンははあ、と大きな溜息をついた。
「全く、さっきから……泣いたかと思えば急に可愛いことを言ったり、僕の心臓が持たないじゃないか」
翻弄され続けて――とはいえ、彼が心配しすぎているだけなのだが――心穏やかではないのだろう。恨みがましい目で睨み付けてくるレオンの頬は彼の好物のトマトのように真っ赤で、ヒノカは思わず笑ってしまう。
「可愛いな、レオンは」
「なっ!? か、からかわないでくれ!」
そういうところが可愛い、と喉元まで出かかった言葉を、ヒノカは心の中に留めておくことにした。言ってしまえば、ヒノカをずっと気遣ってくれていたレオンのプライドを傷付けてしまうことにもなりかねない。
「好きだ、レオン」
代わりにそう言って、傍らに横たわるレオンの胸に顔を押しつける。レオンはヒノカの真っ赤な髪を、愛おしげに手で梳いた。
「ずっと、僕と一緒にいてくれ。戦の間も、戦が終わった後も、ずっと」
「ああ。無論だ」
応えるように、ヒノカは未だ熱い吐息をレオンの胸へと吐き出す。
レオンは決して離さぬとでも言いたげに、ヒノカを強く抱きしめた。