肩を並べて

「俺のやった剣、大事にしてくれているみたいだな」
 背後から声が響き、アイラは剣を下ろした。振り返り、声の主を見上げる。声の主、レックスは得意げな笑みを浮かべ、馬の上からアイラを見下ろしていた。
 アイラは手に持った剣――勇者の剣をぐっと握り、言葉を返した。
「使いやすいから、使っているまでだ」
「冷たいな」
 そう言ってレックスは笑い声をもらす。アイラは小さく息を吐くと、レックスに冷たい視線を向けた。
「用がないなら、私は行くぞ」
「俺もそっちへ行くつもりだ。一緒に行ってもいいだろう?」
 アイラは驚いたように一瞬目を丸くしたが、すぐに元の無表情に戻った。
「お前が先に行けばいい。私は自分の足だが、お前には馬がある」
「それなら、俺がお前の歩調に合わせればいいだけだ」
「ふざけるな。そうして気を緩めたせいで、こちらが負けたらどうするつもりだ」
 怒気を含んだ声を出すと、レックスはおお怖い、と呟きながら、余裕の笑みを見せた。
「大丈夫だ。戦況も落ち着いてきたし、それに」
 レックスはそこで一度言葉を切った後、続けた。
「お前とは、一度じっくりと話してみたかったんだ」
 アイラはまた目を丸くし、レックスをじっと見つめた。その後で、まんざら悪い気もしていない自分に気づき、アイラは内心動揺した。
 レックスとは、何度か戦場で行動を共にしたことがあった。もちろんそれは自分たちの意志ではなく、指揮官のシグルドの命に従ったまでだ。一緒に行動する相手が誰であれ、アイラは全く気にしていなかったし、自分の足手まといにさえならなければ、気にするつもりもなかった。
 しかしレックスは、逆の意味でアイラを気にさせる要素を持っていた。彼の手に握られた斧は、時に残酷なまでに敵を蹴散らし、空中を自由に舞うのだ。武器が違うとはいえ、その見事なまでの斧の扱いにアイラは思わず見とれ、惹かれた。
 そこで同時に生まれた思い――それは負けたくない、というものだった。
 アイラは幼い頃に剣の扱いを習い、その腕は誰もが認めるほどになったが、それまでは初対面の相手から「女」であるというだけで差別を受けることも多かった。アイラを見ただけで、「ちっ、女かよ」という舌打ちが聞こえてくることさえあった。
 アイラはそれが悔しかった。だから、より強くなりたかったのだ。女だからというだけで差別をした者たちを、見返してやりたかったのだ。
 その“見返してやりたい”という気持ちに似た思いが、この時にもわき上がってきた。
 だからアイラは鍛錬を欠かさなかった。どころか、今まで以上にそれに打ち込むようになった。
「そういえば、今日も朝早くから修行してたみたいだな」
 レックスが何気なく言い、アイラは驚いて目を見開いた。
「見ていたのか?」
「ああ。早く起きたもんで庭を散歩していたら、お前がいた」
 確かに、今日も剣の修行に打ち込んでいた。早朝からの鍛錬は毎朝欠かしていない。無論、レックスに刺激され、強くなりたいという気持ちがそうさせたのだ。
 アイラはその刺激された相手に見られていたことに対し、複雑な感情を抱いた。
「よく、あそこまで集中できるもんだ。俺は感心したよ」
「……お前がいたからだ」
「え?」
 アイラの静かな言葉に、レックスは目を丸くして聞き返した。
「お前の斧の腕は、誰もが認めるところだ。だから、負けたくなかった」
 アイラははっきりとそう言った。レックスは意外そうな目でアイラを見つめていた。
「俺のことを認めてくれていたのか」
「ああ。初めて見た時、お前の斧捌きに見惚れた」
 アイラはそこまで、はっきりと言い放った。レックスは目をぱちくりさせている。意外だ、と思われているらしい。
「そうか。いや、嬉しいな、それは」
 少し照れているらしかった。
 アイラはそれが無性におかしく、頑なだった表情を崩して思わず笑ってしまった。すると、レックスがまた目を丸くした。アイラは自分が笑ってしまったことに気付き、慌てて表情を戻した。
「いや、アイラ。そのまま笑っててくれ」
「え?」
「お前の笑った顔、誰よりも美人だぜ」
 レックスはそう言ってにやりと笑った。アイラは焦りに似た感情が心の中に生まれるのを感じ、レックスから目を逸らした。
「くだらないことを言うな。行くぞ」
「ははは、ああ、そうだな」
 まだ笑い声を言葉の中に混ぜながら、レックスはそう言ってアイラの行く方に馬を動かした。
「なあ、アイラ」
「何だ」
「これからもずっと、お前と一緒に行動してもいいか?」
 アイラは思わず目を見開き、レックスの方を向いた。レックスはまだ笑みを微かに浮かべてはいたが、真剣な表情だった。
「何故だ」
「お前に惚れたからだよ」
「なっ!?」
 ストレートな言葉だった。アイラはその言葉をしっかりと受け止められぬまま、呆然としていた。その様子がおかしかったのか、レックスはまた笑い出した。
「そんなに驚かなくてもいいじゃないか。それとも、俺と一緒にいるのは嫌か」
 アイラは何も答えず、ただ内心困っていた。
 こんな時、どう返せばいいのか分からなかった。レックスが全く気に入らない相手ならば、軽くあしらって終わりになるだろう。しかしそうではなかった。レックスに対する感情はあやふやで実体の見えないものではあるものの、アイラは彼を嫌だと思ったことは一度もなかった。むしろ、好きな方だと言ってもいいだろう。
 だからこそ、戸惑ったのだ。彼を前に、どう返事すれば良いのか。
「私は……」
 アイラは言葉に詰まった。こんなことは初めてだった。
 レックスの斧捌きに見惚れ、よりいっそう鍛錬に励むようになった。初めは彼をライバルのような気持ちで見つめ、より強くなろうと努力した。だが彼の人柄に触れるにつれ、一人の人物としても好感を持つようになってきた。掴み所のないような軽い性格だが、どこか影を持っているように思えた。それは、彼がドズルの公子であったことに起因しているものなのかもしれない。
 アイラは彼への思いを整理しているうち、だんだんと自分の気持ちが形を成していくように思えた。だから、目の前で自分の答えを待っている彼に、それを告げようと思った。
「レックス、私は……お前が好きだ」
 思ったよりも、その言葉は簡単に出てきた。レックスは驚きの表情を満面に出した。
「ほ、本当なのか?」
「ああ。私は嘘偽りは言わん」
「そ、そうか。でも、いいのか? 本当に、俺で」
 レックスがそんな言葉を口にしたのがおかしくなり、アイラはまた笑った。
「おかしな男だ。私に惚れたと言いながら、今更弱気になって」
「そうじゃないんだ。ただ、お前が俺を受け入れてくれたのが意外で」
 アイラはまたくすくすと笑った。
「そんな意外な相手に、お前は告白をしたのか」
「ああ、賭けだったんだ」
「じゃあ、その賭けにお前は勝ったんだな?」
 アイラの質問に、レックスは自信に満ちた表情で頷いた。
「もちろんだ」
 レックスとアイラは互いに微笑みを浮かべ、そして同時に戦場へと駆け出していった。
 早くこの戦いを終わらせるために。そして、愛する相手を、その腕に抱きしめるために。
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