Surprise Party

「私の悩みを聞いてもらえないだろうか?」
 突然の御剣の発言に、真宵は大いに驚かされた。
 まさか御剣が、自分に悩み相談をしてくるとは思わなかった。自分の内に悩みや不安を抱えていても、決して表に出したがらない人だと思っていたからだ。まして人にそれを相談するなんて、御剣としてはもってのほかなのではないだろうか、と真宵は勝手に思いこんでいた。しかし、どうやらそうでもなかったらしい。
 真宵はしばらく目をぱちくりさせ、その場で硬直していた。どう返せば良いのか分からなかった。成歩堂や春美が傍にいれば助けを求めるだろうが、あいにく成歩堂は出かけていて、春美も倉院の里に帰っていたため、事務所内には真宵一人しかいなかった。
「な、悩みって、何ですか?」
 やっと言葉にできたのがこれだった。御剣は先程の真宵の硬直を大して気にしていないらしく、うむ、と言ってその疑問に答えた。
「実は、是非君に聞いて欲しいことなのだ。というよりは、君に聞いてもらうのでなければ意味がない、と言っても良いかもしれん」
「へえええ……」
 真宵が聞くのでなければ意味のない悩みとは、一体何であろうか。真宵には見当もつかなかった。
「それで、その悩みって?」
「うむ。実は、その、言いにくいことなのだが」
 御剣はそこで言いよどんだ。おや、と真宵は思ったが、その理由はすぐに分かった。
「今私には、思いを寄せている女性がいるのだ」
「えええええええーっ!」
 真宵は大声で叫んだ。これを叫ばずしておれようか。まさか、御剣にそのような女性がいるなどと――。真宵は驚きすぎて、しばらく状況が飲み込めなかった。
 御剣は顔をしかめ、突然叫んだ真宵をたしなめた。
「真宵くん、そんなに大声で叫ぶのはよしなさい。近所迷惑になる」
「そ、それは、だ、誰なんですかッ!」
 真宵はソファに座っている御剣に迫った。御剣は困ったように身を引き、真宵を手で押しとどめるようにした。
「ま、真宵くん、少し落ち着きたまえ」
「お、落ち着いていられるわけ、ないじゃないですか! み、み、みつるぎ検事が、そんなッ!」
「そう騒ぎ立てることでもあるまい。女性に恋心を抱くのは自然なことだろう」
 御剣はさらりと言い返した。その態度は法廷での落ち着いた態度そのものだった。
 真宵はそれでも興奮が抑えられずにしばらく肩を上下させていた。信じられないという思いと、意外だという思いが半々くらい真宵の心を占めていた。
 やがてそれも落ち着いてきたころ、今度は考えるような仕草をした。
「ううん、でも、みつるぎ検事がコイ、かあ……相手はどんな人なのかな。年上のおねーさんかな、それとも年下の可愛い女の子?」
「この際、相手はどうでも良いではないか」
 御剣はその話題を避けるように、うんざりした口調で言った。
 真宵はなおも考えようとしたが、途中でやめた。今は材料が少なすぎる。もっと御剣の話を聞いて、その材料を引き出さねば。成歩堂がいつもちゃんと依頼人の話を聞くのと同じことだ。
「えっと、じゃあ、悩みって何ですか?」
 真宵は御剣の向かいのソファに座り、身を乗り出すようにして尋ねた。うむ、と御剣は少し何かを考えていたようだが、すぐに話し出した。
「それが、どうも恋愛とは無縁の女性らしくてね。その手の話が通用しそうにない相手なのだ」
「へええ。じゃあ、みつるぎ検事のこともそんなふうには見てないんですね、その人」
「そういうことに、なるのだろうな。はっきりと訊いたことはないから、確かなことは言えないが」
 そこで一度言葉を切って、御剣は続けた。
「そこで、アプローチの仕方を考えているのだが……実は、その人の誕生日が一ヶ月後らしくてな。何かプレゼントしようと思うのだが、真宵くんなら何をもらったら嬉しいだろうか?」
「え。それは、あたしが欲しいものを答えればいいんですか?」
「うむ。女性の意見というものを聞いておきたい。答えてもらえると、助かる」
「そうだなあ、うーん……」
 真宵は再び考える仕草をした。
 真宵の頭に真っ先に浮かんだのは、誕生日パーティと称してみんなでみそラーメンを食べに行くことだった。それならいろんな人たちとわいわいできるし、大好きなみそラーメンもお腹一杯食べられる。
 その次に浮かんだのは、トノサマン関連のグッズだった。真宵はトノサマンシリーズの大ファンであるから、トノサマン関連のものなら何をもらっても喜べるような気がする。それがグッズではなくショーを見に行くということであっても、もちろん大歓迎だ。
「でも、あんまり現実的じゃないかなあ……」
「ん、何かね?」
 思わずもらした独り言に、御剣が反応した。真宵はええと、となおも考えながら言う。
「あたしだったら、みそラーメンをお腹一杯おごってもらうとか、トノサマングッズをもらうとかの方が嬉しいんですけど」
「ほう。なるほど、君らしい答えだ」
 御剣は微笑した。でも、と真宵は続ける。
「あんまり現実的じゃないかなあって。普通女の人がもらって喜ぶものっていったら、アクセサリーとかそんなのだろうし」
「だが、そうとは限らないことを君は自分の言をもって証明した。君はアクセサリーなんかもらっても、さほど嬉しいとは思わないんだろう?」
 聞き返されて、真宵はえっ、と言葉に詰まる。しばらく考えて、真宵はその答えを出した。
「嫌だとか、いらないとは思わないけど……でもみそラーメンおごってもらう方が、あたしは嬉しいかなあ」
「やはり。私はそういう意見が聞きたかったのだよ。アクセサリーをプレゼントすることなど、誰にでも思いつく。誰にも思いつかないような意見を、君から是非聞きたかった」
「そうですか。じゃ、これでいいんですね?」
「うむ。ありがとう、真宵くん」
 御剣の望んだような回答が出来たようで、真宵は一通り満足した。御剣に感謝されることが、これほどまで嬉しく感じるとは。やっぱり人助けって気持ちが良いなあ、などとぼんやり思っていた。
 その後で、御剣の先程の言葉に小さなひっかかりを感じる。そのひっかかりを解消すべく、真宵は再び御剣に尋ねた。
「ちょっと待ってください。誰にも思いつかないような、って、それってあたしの感覚が世間の常識からずれてるってことですか?」
「そうだな、そうとも言うかもしれん」
「ひ、酷いじゃないですか、みつるぎ検事!」
 あっさりと答え、相変わらず微笑し続ける御剣を見て、真宵はぷくりと頬を膨らませた。先程の喜びはどこへやら、今度は嫌な気持ちが胸の中に湧いてくる。不機嫌そうな態度を見せる真宵に対し、御剣はおっと、と真宵をなだめにかかった。
「そう怒ることもあるまい。君は君なのだ。皆、そんな君を好ましく思っているのだから」
「本当ですか? じゃあ、みつるぎ検事も?」
 真宵が怒ったような表情で御剣に迫ると、御剣は軽く視線をそらした。
「う、うむ。そうだな」
「な、なんでそこで目を逸らすんですかっ!」
「い、いや、特に深い意味はない。それは当然、君のことは好ましく思っている。間違いない」
「本当ですか? なんか、アヤシイなあ」
 真宵が疑うような目を向けると、先程まで余裕の表情だった御剣は急にうろたえだした。
「そ、そんなふうに疑わないでくれ。だいたい君を好ましく思っていないなら、わざわざこんなことを尋ねたりしないだろう?」
「どうかなあ。みつるぎ検事の考えてることなんて、わかんないし」
 何故か、そんな意地悪な言葉が口をついて出ていた。真宵は思わずしまったと思ったが、後の祭りだ。御剣は苦しむように唸って考え込んでしまった。
 こんなふうに御剣を困らせるつもりはなかったのだ。ただ、真宵の言葉にうろたえる御剣を見て、ちょっと面白いかもしれないと思っただけなのだ。
 真宵は慌ててフォローすべく、伏せてしまった御剣の顔を覗き込んだ。
「み、みつるぎ検事、冗談ですから。ほんと、ごめんなさい」
 御剣は微かに顔を上げ、深刻そうな顔で言った。
「それは、本当か?」
「ほ、本当です! ごめんなさい」
 真宵が謝ると、御剣は表情を緩めた。ほっとしたような表情だった。
「そうか。良かった、君に誤解されなくて」
 御剣はそう言って、おもむろに立ち上がった。そうして驚くほど早く回復した笑みを見せ、真宵に言った。
「今日はありがとう。君に相談に乗ってもらえて嬉しかったよ、また来る」
「あ、あれ? 今日はなるほどくんに会いに来たんじゃないんですか?」
 御剣がここを訪ねたということは、てっきり成歩堂に用があるのだと思っていた。だがその予想も外れたらしい。御剣は首を振って、にやりと笑った。
「残念だが、そうではない。この時間成歩堂が出かけることを知った上で来たのだ。君にだけ、聞いてもらいたかったからな」
「えええっ、そうだったんですか!」
 真宵はまたしても驚いた。全く、今日は何度驚いたか分からない。御剣には驚かされっぱなしだ。
「それだけじゃないんだ」
 御剣はまるで自分のした悪いことを披露する子供のように、いたずらっぽい笑みを浮かべた。
「真宵くん、君の誕生日はいつかね?」
「えーと、それは来月ですけど……あ、あれ?」
 そういえば、御剣は言っていた。自分が思いを寄せている女性は、真宵と同じく一ヶ月後に誕生日を迎えるのだと。真宵はまたしても変な引っかかりを覚えたが、それを聞こうとする前に、御剣が先に言葉を発していた。
「それでは、真宵くん、また一ヶ月後に会おう。みそラーメンとトノサマングッズを楽しみにしていたまえ」
「えっ、あ、ちょっと! みつるぎ検事!」
 御剣は真宵の制止にも応えず、颯爽と身を翻して事務所を出て行ってしまった。
 真宵はぽかんとして、しばらくその場に固まっていた。全く訳が分からなかった。御剣が何を意図してここに来たのか、そして、何故真宵に悩み事などを相談したのか。分かるようで、分からない。確信の持てることがあまりにも少ない。
「もしかして、みつるぎ検事の好きな人って……」
 真宵は考え出して、すぐに首を振った。まさか、ありえない。少し浮かんだ想像を、「有り得ない」という五文字が現れて隠そうとする。まさか、いや、でも。そんな堂々巡りをした後、真宵は疲れてソファに思い切り体を伸ばした。
「一ヶ月後、かあ……」
 自分の誕生日まで、とてつもなく長い時間を耐えなければならないような気がしていた。
 ――なんか、こんなもやもやとした気持ち、ヘンだよ。やだなあ……
 とても耐えられそうになくて、真宵は大きな溜息をつくのだった。
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