熱情サマーヒート

 グラウンドに、鋭いホイッスルの音が響き渡る。長方形のフィールドを無我夢中で走り回っていた男子たちは、我に返ったように顔を上げ、その場で足を止めた。
「よーし、勝ったー!」
「くっそ……次は負けねえからなー!」
 男子達の喜ぶ声と悔しがる声が入り乱れる。
 季節は夏。炎天下と表現して差し支えない暑い日に、サッカーの試合は行われていた。試合といっても正式なものではない、単にスポーツの好きな者が集まって行われたゲームだったが、誰もが真剣にボールを追い続けていた。春歌はコートの傍らで、そんな彼らをはらはらとしながら見つめていた。
 春歌のパートナーである一十木音也が、チームメイトたちと喜びの声を交わしながらこちらへと向かってくる。春歌は白いタオルと冷えたスポーツドリンクの入った水筒を持って、音也に駆け寄った。
「一十木くん、お疲れ様です!」
「あ、七海! ありがと、俺の活躍見ててくれた?」
「はい! あの、素敵でした!」
 タオルで汗を拭き、水筒に口を付けて喉を潤しながら、サンキュ、と音也は笑った。春歌の胸がとくん、と高鳴る。
 音也の笑顔には魔法がかかっていた。どんなに凹んでいても、どんなに辛く悲しい時でも、一瞬で元気になれる魔法。そしてもう一つ――春歌に今まで味わったことのない、素敵な感情を抱かせてくれる魔法。
 それはこの学園の規則上、決して口にしてはならないものだったけれど――音也とこっそり思いを交わし合う春歌にとって、既に手放せない感情となっていた。


 対戦相手のSクラスの翔たちと言葉を交わし、用具などを片付けた後、二人は更衣室に向かった。既にグラウンドにも更衣室にも人の姿はない。音也は男子更衣室の扉を少しだけ開けて、春歌に目配せした。
「七海、中入る?」
 春歌の心音がまた一つ跳ねる。中は誰もいなかったが、先程サッカーをプレイしていた者達の残した熱気で溢れかえっていた。つんと鼻を突く汗の匂い。あまり触れたことのない男の匂いに、春歌の鼓動はどんどん速まっていく。
「でも、人が来たら……」
「大丈夫だって。中には誰もいないし、みんなもう着替えて出てったからさ。ほら」
 音也はそう言って、更に春歌の背を押す。春歌は断り切れなくなって、そっと男子更衣室に足を踏み入れた。
 初めての経験だった。作り自体は女子の更衣室と変わりないが、そこに残る男性の匂いが、女子のそれとは全く違うものであることを主張していた。心音が身体中に響き渡る。どうか音也に気付かれませんように。春歌は思わずきゅっと目を閉じていた。
 音也は自分の荷物の置かれたロッカーに向かい、春歌から渡されたタオルと水筒を置いた。何も分からずただ音也についてきた春歌は、そこでようやく足を止める。ここにいちゃいけない。そう思って、踵を返そうとした時――
「七海」
 名前を呼ばれて、びくんと身体を震わせる。音也がこちらを見て、穏やかに笑っていた。
「いいよ。別に俺、気にしないから」
「あ……」
 春歌がどうしようか迷っているうちに、音也はさっさと汗だくになったシャツを脱いでしまった。途端に現れる、逞しい上半身。さすがスポーツマンというだけあって、引き締まった筋肉が、音也の身体中で自己主張していた。
 春歌の頬がかあっと熱くなった。見てはいけない。そう思うのに、目が離せない。音也の上半身自体は初めて見るものではなかったが、今はこの熱気の中というのもあって、異常なほどに心臓が脈打っていた。どうしようもなく心が引き付けられていく。
 やがてその視線に気付いた音也が、少し照れくさそうに笑った。
「七海、あんまりじっと見られたら、ちょっと恥ずかしいかな」
「あっ! ご……ごめんな、さい」
 そこでようやく、視線を逸らすことが出来た。全身が火の付いたように熱い。どくどくと血液を身体中に送り出す心臓の音が、耳の中でずっと響き続けていた。
「俺、汗臭くない? 大丈夫?」
「あっ、平気、です」
 そう答えた後で、音也の匂いを強く自覚する。途端に体内温度が更に上昇した。頭が沸騰しそうなくらい熱くてどうにかなりそうだ。あまりに熱くて動けないでいたら、頬に触れる何かに気付いて、春歌はびくんと顔を上げた。
「七海、大丈夫? ここ、暑すぎたかな」
「い、いえ……そんなことは」
「でも、こんなに真っ赤になって……あ、もしかして」
 音也ははっ、とした後、顔を赤らめた。
「もしかして……興奮、してる?」
 春歌の全身が震えた。これでは図星と言っているようなものだ――おそるおそる音也の顔を見ると、音也はやはり気付いてしまったようで。
「俺の身体、見たから? それとも、俺の匂い……とか?」
 音也に距離を縮められる。逃れることなんてできない。春歌は観念して、目を瞑ったまま、こくり、と頷いた。
「どっち?」
「……り……両方、です」
 何も馬鹿正直に言うことないのに――そう思ったが後の祭りだ。ゆっくりと目を開けると、そこには同じくらい頬を真っ赤に染めた音也が、じっとこちらを見つめていた。
「俺も……そんな七海に、興奮した」
「え……」
 戸惑いの言葉を発する前に、ぐい、と身体を向かいのロッカーに押しつけられる。そのまま唇に感触。食むように動く音也の唇が、春歌の身体を侵食していく。
 繋がる唾液が、交わされる熱い吐息が、胸を焦がした。至近距離で見つめ合って、もう一度キス。今度はもっと深くへ。音也の舌と絡められて、逃れられないようにされてしまう。
「七海」
 名前を呼ばれて、心が浮き上がりそうになる。夏服のリボンがしゅるりと解かれて床に落ちた。音也の逞しくて優しい手が、春歌のシャツの中を駆け上がる。
「あっ……」
 ブラジャー越しに敏感な部分に触れられて、春歌は思わず声を洩らした。ふと、音也が今までにない、切羽詰まった表情をしているのに気付く。一十木くんでも、こんな顔をすることがあるんだ。レコーディングテストの時でも、いつもと変わらず笑顔でのびのびと歌う一十木くんが――
 やわやわと双丘に触れられて、春歌はむず痒いような感覚を覚える。再び顔が熱くなった。しかし胸に浮かんだ感情は羞恥、ではなかった。
 ――もど、かしい……?
 春歌はその感情の正体に気付いて顔を赤らめる。どうして。自問しても、答えは見つからない。そもそも答えを見つける余裕なんてありはしなかった。ただ、音也に布越しに触れられているのが、もどかしくてならなかった。音也はきっと気遣ってくれているのだ。いきなり服を剥ぎ取ったりして、春歌を脅かしてはならないから、と――だが、そんな気遣いは、今の春歌には不要だった。
 春歌は手を後ろに回した。シャツの中に手を入れて、ブラジャーのホックを外す。途端にはらりと肩からブラジャーが垂れ下がり、中へ自由に手を入れられるようになった。
 音也が驚いたように顔を上げて、春歌を見つめた。春歌はそんな音也を直視できなかった。
「七海……?」
「ご……ごめんなさい」
「なんで、謝るの?」
「……は、はしたない、から」
 顔を逸らしてしまう。そうだ、はしたない。自分から音也を求めてしまうなんて――音也はきっと、そんな自分に幻滅してしまっただろう。それが恐ろしくてならなかった。
 だが、返ってきた反応は、恐れていたものとは違っていた。
「俺、そんな七海も好きだよ」
 はっとなる。思わず音也の方を見ると、音也は唇に笑みを浮かべていた。
「むしろその方が、俺は……嬉しい」
「い、一十木、くん……」
「いい?」
 音也の声に、春歌はこくり、と頷く。それを合図に、音也の手が更に奥へと侵入した。
 春歌の柔肌に、音也の指が添えられる。つ、と滑って、突起をはじく。
「……ぁっ」
 声を洩らすと、音也が嬉しそうに七海を見た。
「ここ……感じるの?」
「ゃ……そんなこと、あっ」
 音也が指の腹で、突起を弄る。その度にまるで身体中に電流が走ったようになって、春歌の身体が小刻みに震えた。いつの間にかシャツのボタンが全て外され、胸が顕わになる。肩からブラジャーの紐がするりと解け、床に落ちていった。
「や……」
 恥ずかしくて反射的に隠そうとした春歌の手を、音也がやんわりと制する。
「今更隠すことないよ。七海の肌、すごく綺麗で気持ちいい。まるで干したばかりのお布団みたい」
「一十木くん……」
 音也らしい喩えに少し安堵しつつも、羞恥が勝って身をすくめてしまう。音也は顔を春歌の胸に近づけると、ゆっくりと舌を出して、突起をちろりと舐めた。
「……ぁ、や……」
 身体を小刻みに震わせる春歌に、音也は余裕なく眉間に皺を寄せた。そんな表情を見るのは初めてで、春歌の胸が高鳴る。音也はその表情のまま、上目遣いで春歌を見上げた。手をそっと、春歌の太股に移動させながら。
「七海……いい? 俺……なんかちょっと、限界、かも」
 次に起こることを予想できず、春歌は困惑する。だが、音也なら大丈夫だという確信が、胸の中にあった。音也は自分を傷付けたりしない。いつも自分を気遣って、自分のことばかり考えていてくれている――だから大丈夫だ。春歌はこくり、と頷いた。
 すると音也は少しだけ表情を和らげて、ありがとう、と言った。
「ごめん七海、俺、」
 スカート越しに太股に触れていた手が、スカートの中へと侵入してくる。下着越しに、誰にも触れられたことのない場所に触れられて、春歌の背筋がぴんと伸びた。
「あっ……!」
 刹那、とろり、と身体の奥から熱いものが溢れ出す感覚がした。
「七海のここ……濡れてる」
「……や……」
 未知の感覚。春歌は今度は恐れから身体を震わせた。自分の身体がどうにかなっている。音也に触れられた時点で既におかしかったけれど、今は特に異常だ。これからこの身体はどうなってしまうのだろう。春歌が訳もなくふるふると首を横に振っていると、音也がそっと、もう一つの手を春歌の頬に沿わせた。
「七海……俺が、こわい?」
「う……ううん、そんなこと」
「俺に触れられるの、いや?」
「……ううん……」
「じゃあ、もっと……俺、七海に触れたい。七海と、ひとつになりたい」
 えっ、と春歌は声を上げる。
「ひとつになる、って……?」
「えっと……言葉で説明するより、早いかな」
 そう言うと、音也は突然自分のズボンのジッパーを下ろした。膨らんでいた股間が解放されて、途端に劣情の塊が下着越しに顔を出す。テントを張ったようになったその部分は、春歌にとってまるで未知の領域で、思わずまじまじと見つめてしまった。
「一十木くん、これは……」
「これは、俺が七海に興奮したせい、だよ」
 そう言って、下着も下ろしてしまう。赤黒く怒張した部分が剥き出しになって、春歌は思わず息を呑んだ。その部分がなんという部分であるかくらいの知識は持っていた。初めて見る男性器に、春歌は言葉を失っていた。
 音也が少し照れたように、春歌の顔を覗き込む。
「怖くなった?」
「そ、そう、じゃなくて……初めて見る、から……」
 羞恥に俯くと、そうだよな、と音也は軽く笑った。
「俺も……初めてだよ。七海が、はじめて」
「わたしが……?」
 そうだよ、と頷いて、音也は側にあった長方形の椅子に腰を下ろした。春歌もそれに導かれるように、音也の前に立つ。
 音也の手が再び春歌のスカートの中へ侵入する。下着をずらされて、蜜壷を指で突かれると、更にねっとりとした蜜が溢れ出すのを感じた。恥ずかしくてたまらない。それなのに、もっとしてほしいだなんて、はしたないことを思ってしまう。
「ぁ、あ――だめ、一十木くん、変になっちゃ……」
「変じゃないよ。七海、気持ちいい?」
「そんなこと……ぁっ」
「ね、気持ちいい?」
 音也が春歌の顔を見上げながら、まるでいたずらっ子のように尋ねてくる。春歌は真っ赤になって俯いたまま、ぼそりと呟いた。
「……一十木くんのいじわる……」
「はは、ごめん。でも俺、七海の前じゃ、もっと意地悪になっちゃいそう」
 花弁に触れていた指がくいと曲げられて、蜜壷の中へと入る。内襞を擦られて、七海の腰がぴくりと震えた。
「あ、あっ」
 すると音也が再び眉間に皺を寄せた。あの余裕のない顔だ。何かが起こる前触れのようなものを感じて、春歌の胸が高鳴ってしまう。
「俺、ここに入ってもいい?」
 上目遣いに尋ねられて、春歌はきゅ、と身をすくませた。どうなるか分からない怖さは常にある。けれど、音也とこれ以上進んでみたいという気持ちもある。後者の気持ちを後押ししたのは、先程も感じた音也に対する信頼と安心感だった。
 こくり、と頷くと、音也が頬を緩めた。
「じゃあ――」
 音也が春歌の手を引いて、一旦自分の膝に座らせた。
「少し、腰を浮かして」
 言われるままにすると、音也が腰を動かして、張り詰めたものを春歌の蜜壷の入り口へと宛がった。ぞくん、と背が震えた。
「いい、いくよ――」
 音也の腰が、ぐい、と上がる。同時に下腹部に圧迫感が襲ってきて、春歌は身を硬くした。
「やぁっ……!」
 身体中を走り抜けたのは痛みだった。顔を歪ませると、音也が心配そうに覗き込んでくる。
「ごめん、やっぱり痛かった? もう――」
 音也が身を引こうとする気配を感じて、春歌は反射的に首を横に振っていた。
「いいの! いいの……このまま、一十木くんと、一緒に……」
「七海……」
 音也の日焼けした逞しい腕が伸びてきて、そのままぎゅっと抱き締められる。
「俺、今きみが可愛くて愛おしくて仕方ないよ」
 音也のストレートな言葉は、いつだって春歌の心を響かせた。今もそうだ。何かのフレーズが浮かびそうだけれど、あまりにも強い痛みと高まった羞恥が邪魔をして、そんなことを考える余裕もない。
「七海、動ける? ちょっと腰、浮かしてみて」
 頷いて、言われた通りに腰を浮かす。音也が内襞に擦れて、春歌の腰が痺れた。味わったことのない甘美な感覚。痛みを伴うものではあったけれど、春歌は一瞬で虜になってしまった。
「一十木、くん……動いて、いいの?」
「うん、七海が大丈夫なら」
 おそるおそる、再び音也の中に身を埋める。その動作を何度か小刻みに繰り返した。その度に快感の波が襲ってきて、麻酔を打ったように身体が痺れた。音也もそれを感じているらしく、再び眉間に皺を寄せて、腰を揺らす度にふわふわと踊る春歌のスカートを見つめている。
「七海……ッ、俺、もうだめかも……」
「一十木くん、わ、わたしも……ぁあっ……!」
「七海、ちょっと待って――、ッ!」
 音也は素早く身を引いた。音也の劣情の塊が引き抜かれ、繋がりが断たれてしまう。
 その瞬間、音也の先端から白濁液が迸った。春歌のスカートの上にぶちまけられたそれを見て、音也があぁ、と絶望したような声を出す。春歌は何が何だか分からずに、濡れていくスカートを見つめていた。
「ごめん……七海、きみのスカート、汚しちゃった」
「あっ、ううん……大丈夫」
 反射的にそう答えたものの、春歌は途方に暮れた。替えの服は全て寮に置いたままだ。この姿で寮まで取りに行く勇気は、ない。
 音也は困ったようにきょろきょろと見回した後、そうだ、と手を打って、自分の制服のズボンを持ち出した。
「これ……穿いていく?」
「あ……でも」
「もし、七海がいいなら。俺は全然平気だからさ」
 そう言って、いつもの笑顔。春歌はその笑顔に、どうしようもなく安堵させられてしまう。思わず自分も微笑んで、頷いてそれを受け取った。音也が良かった、と笑って、春歌の身体を抱き寄せる。
「七海の中、あったかかった。幸せだよ、俺」
 音也の真っ直ぐな言葉に、春歌は思わず赤面する。心臓が溶けそうなくらい熱く暴れ回っている。
「すきだよ、七海」
 禁断の言葉を告げる。密やかに、こっそりと。もう何度も告げられてきた言葉だけれど、春歌にとってはいつも嬉しくて、幸せな気分になる。
「わたしも……わたしも一十木くんが、すき」
「うん」
 音也は一層強く春歌を抱き締めた。やがて春歌は、音也の胸の向こうで暴れる心音に気付く。一十木くんも一緒なんだ。だから気付かれなかったんだ。そう思うと嬉しくて、春歌は音也の背に回した手に力を込め、音也の汗の流れる肌を愛おしげに抱き締めた。
(2011.8.26)
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