しあわせのはじまり

 リョウマに指輪を渡されたその日の夜、エリーゼはネグリジェ姿で宿屋の廊下を歩いていた。
 温泉から戻ってきたばかりで、まだ少し顔が火照っている。宿屋の玄関から廊下を通り、自分の部屋として宛がわれている場所を通り越し、更に先へと進んだ。
 とある扉の前で立ち止まり、エリーゼはすう、と深呼吸した。ひんやりした空気が喉から胸へと入り、少しは気持ちが落ち着いた。
 思い切って拳を作り、とんとん、と扉を叩く。
「誰だ?」
 エリーゼはあの、と小さく呟いた後、おそるおそる名乗った。
「エリーゼ、です」
 気のせいかもしれないが、扉の向こうで息を呑む気配があった。一瞬の間の後、扉が開けられる。部屋の主――リョウマはエリーゼを見下ろし、驚いた表情を浮かべていた。
「エリーゼ王女……こんな時間に、何か用か?」
 エリーゼの心臓はばくばくいっていたが、なんとか平静を装いながら、不満げに頬を膨らませた。
「リョウマさん、酷いよ。『何か用か?』だなんて」
「ん? どういうことだ?」
「あたしとリョウマさんは……今日、結婚、したんだよね」
 エリーゼはそう言いながら、左手の薬指に嵌められた指輪を大事そうに右手で包んだ。今日の昼間、リョウマにもらったばかりのものだ。
 この指輪を渡しながら、リョウマは確かに、エリーゼに対し求婚の言葉を口にした。あの時の胸の高鳴りは、今でも忘れることができない。むしろ、今日の出来事だからこそ、未だに鮮明に思い出せると言うべきか。
 リョウマは言葉を選ぶようにしながら言った。
「そう……だな。この戦時に式などを挙げる余裕はないが……エリーゼ王女がそれで良いなら、そういうことになる」
「じゃあ、あたしたちは夫婦ってことになるんだよね」
 リョウマは目を見開いた後、今更気付いたとでもいうように、微かに頬を赤らめた。
「そう、だな」
「じ、じゃあ、」
 エリーゼは口から心臓が飛び出そうになりながら、リョウマの目を見つめた。
「夫婦なら、同じ部屋で寝なきゃ……おかしい、よね!」
「な、」
 リョウマは口を開けたまま固まった。
 エリーゼも気を強く持たねばと自分に必死に言い聞かせながら、リョウマの目を半ば睨むようにして見つめ続けた。
 夫婦になる約束をしたからといって、すぐにどうこうなろうなどとは、リョウマも考えていなかったに違いない。だが、エリーゼは、リョウマと一秒でも長く一緒にいたいという気持ちの方が勝った。幼くて聞き分けのないと言われるかもしれないが、それが自分の本心だ。
 リョウマはしばらくして、困ったように頬を掻いた。
「エリーゼ王女……気持ちは嬉しいが、それはまだ少し早いのではないか。俺達は昼間、お互いの想いを伝え合ったばかりだ。まだ互いのことで、知らぬ事もたくさんある。これからゆっくりと仲を深めてからでも、遅くはないと思うのだが……」
「でも! あたしは……リョウマさんと一緒にいたいの! 一緒にいなきゃ、お互いのことを知ることなんてできないもの! 今からでも、あたしはそうしたい!」
「だが……」
「リョウマさん……お願い。あたし……一人は寂しいよ……」
 エリーゼは思わず涙が出そうになって俯いた。今まで、自分の思いの丈をこんなふうに誰かにぶちまけることなどなかったから、興奮しすぎてしまったらしい。
 無意識に握り締めた拳が震えた。わがままを言って困らせていることは重々承知していた。リョウマがああ言うのは、自分を大切に思ってくれているが故なのだ。それも頭では理解している。けれど、それだけでは割り切れぬ思いが、エリーゼの中にはあった。
 勢い余って涙が溢れ出しそうになったその瞬間、大きな手が、エリーゼの上気した頬を包んだ。火照りはまだ完全にはおさまっていなかったはずだが、その手は自分の頬よりも温かかった。
 エリーゼは涙の引っ込んだ顔を上げて、大好きな人を見つめた。
「リョウマさん……」
「仕方がないな。エリーゼ王女にそこまで言われては……」
 リョウマは苦笑いを浮かべていたが、その声はいつもより嬉しそうに聞こえた。リョウマはその場でしゃがんで、目線を合わせながら、エリーゼの頭を優しく撫でた。
「あまり綺麗な部屋ではないが、それでも良ければ、歓迎しよう」
「うん!」
 エリーゼは笑顔になって、頷いた。


 戦時中のみの仮の部屋ということもあるが、リョウマの部屋はエリーゼをはじめとした女性の部屋と比べると、随分殺風景なものだった。装備品など必要最小限のものしか置かれておらず、その他はテーブル、ソファ、タンス、ベッドがあるだけだ。窓の近くには、リョウマの雷神刀が立てかけてあった。
「へー……リョウマさん、あんまり物置いてないんだね」
「そうだな。特に装飾品を置く趣味もなくてな。エリーゼ王女の部屋は、もっと色んなものが置いてあるのか?」
「うん。街の花屋さんで買ってきた花とか、可愛い置物とか。戦いから帰ってきた時に見たら和むし、ほっとするもん」
「なるほどな」
 リョウマは微笑ましげにエリーゼを見つめた。
「ねえ、リョウマさん。あたし、ここで寝ていいの?」
 エリーゼがリョウマのベッドに腰掛けて尋ねると、リョウマはああ、と頷いた。
「大切な王女を床に寝かせるわけにはいかないからな」
「じゃあ、リョウマさんは?」
「俺は……さあ、どこでも構わない。ソファでも、床でも」
「えー。そんなのダメだよ! ここで寝なきゃ!」
 エリーゼが頬を膨らませてベッドを指すと、リョウマはまた困ったように笑った。
「いや……そういうわけにはいかんだろう」
「なんで? ここのベッド広いし、あたしは身体が小さいから、二人でも寝られるよ」
「そういう問題ではないのだ、エリーゼ王女」
 リョウマは小さく溜息をついて、エリーゼの隣に座った。少し身体が密着すると、エリーゼの胸が再び高鳴った。
「エリーゼ王女……夫婦となるということはどういうことか、わかるか?」
「どういうこと、って?」
「つまり……愛し合うということは大前提だが……その次は、その、子を成す必要があるだろう」
「うん」
「夫婦の契りを交わしただけでは、子は生まれない……それは、エリーゼ王女にも理解できるだろう?」
「リョウマさん。あたし、そんなに子どもじゃないよ」
 エリーゼは口を尖らせた。夫婦となった者が何をするのか、エリーゼは知識として持った上で、ここにいるのだ。リョウマは自分が何も考えずにここに来たと考えているのだろうか。エリーゼの心に密かな反発心が湧く。
「リョウマさん。あたしね!」
 勢いに任せて言ったは良いものの、リョウマの瞳と出会った途端、エリーゼの反発心は急激に萎んでしまった。
「……リョウマさんとなら……いいと思って……ここに来たの」
 リョウマの服の裾を無意識に握りながら、エリーゼはそう言った。俯いて、消え入るような声になってしまった。心臓がばくばくいっていた。
 そう言い放つことで、自分が子どもではないと証明するつもりだった。だが、自分はまだまだ自信のない子どもだったと、逆に思い知らされる羽目となってしまった。
 しばらくして、リョウマの困ったような笑い声が降ってきた。
「エリーゼ王女……気持ちは、嬉しい。だが……俺は軽率な真似はしたくないのだ。後悔してからでは遅いのだぞ」
「あたし……後悔なんてしない。リョウマさんじゃないと、ダメなんだもん」
 エリーゼが顔を上げてリョウマに迫ると、リョウマはエリーゼを受け入れてくれた。大きな腕に抱き締められ、安堵感に包まれる。
「無論、俺も他の男に王女を渡す気などない。ないが……」
「じゃあ、何にも迷うことなんてないよ」
 エリーゼは思い切り身体を伸ばした。
「リョウマさん。キスして」
 リョウマは少し躊躇うように視線を巡らせた後、顔を近づけてきた。リョウマの温かい吐息と一緒に、唇が密着する。初めてのキスだった。
 きっと自分の鼓動の音はリョウマに伝わっているに違いない、とエリーゼは思った。何故なら、リョウマの心臓の高鳴りが、こちらに伝わってきていたから。
 顔を離した後、エリーゼはくすくすと笑った。
「リョウマさんの心臓、ドキドキしてる」
「む……それはエリーゼ王女も同じだろう」
 気恥ずかしそうに口をつぐむリョウマを、心から愛おしいと感じた。今まで他の誰かには感じたことのない“好き”の気持ちが、次から次へと湧き出てくる。
「リョウマさん。あたし、今、とっても幸せ」
 リョウマの背に回した手に力を込めると、リョウマはそれ以上の力でエリーゼを抱き締めてきた。少し苦しいと感じるほどに、強く。
「参ったな……そんなことまで言われたら、歯止めがきかなくなるぞ……」
「だって……あたし、嬉しいの。大好きな人とこんなふうに一緒にいられて」
 エリーゼはそう言って、今度は自分からキスをした。不意打ちをくらったリョウマはん、という戸惑いの声を上げたが、唇を塞がれて行き場を失ったらしく、それ以上は聞こえてこなかった。
 何度も何度も、口付けを交わした。息が辛くなるほど、繰り返しキスをした。リョウマの舌が口の中に入ってきたときは驚いたが、自分の舌を差し出すことに躊躇いは感じなかった。
 少し顔を離すと、唾液がつ、と糸を引いた。
「リョウマさん、好き。大好き」
「俺も……愛しているぞ、エリーゼ王女」
「じゃあ……あたしのこと、大人の女の人にしてくれる?」
 リョウマはようやく観念したように笑って頷いた。
「ああ。エリーゼ王女がそれを望むなら」


 望んだこととはいえ、やはり初めては戸惑いの連続だった。リョウマは決して乱暴にはせず、優しくネグリジェを脱がせてくれたけれど、胸の下着からぷるん、と小ぶりの乳房がもれ出た時は、エリーゼも思わず赤面した。
「は……恥ずかしい、よ……」
 桃色の突起を咄嗟に手で隠したエリーゼに、リョウマは苦笑した。
「こうして欲しかったのではないのか?」
「そ、そう、だけど……でも、恥ずかしいから……見ないで……」
「俺はエリーゼ王女の全てが見たい」
 リョウマはそう言って、エリーゼの手を優しく、それでいて強い力で取り払ってしまった。
 姉のカミラとは比べものにならないほどの小さな胸は、エリーゼの密かなコンプレックスだった。もっと大きくなったら同じように大きくなるわよ。カミラはいつもそう言って慰めてくれていたけれど、今大きくなければ意味がないのにと、エリーゼは泣きたい気分になった。
「あ……あのね、リョウマさん」
「ん? 何だ」
「や、やっぱり男の人って、大きい方がいいんだよね、その……おっぱい……」
 そう言いながら自分の小さな胸を触って、エリーゼは改めて絶望した。そんなエリーゼに、はは、とリョウマは一笑した。
「関係ない。エリーゼ王女の胸はとても綺麗だ。触れても、構わないか?」
 どきん、とエリーゼの心臓が跳ね上がる。少し躊躇った後で、おずおずと頷いた。
 リョウマの大きな手に触れられると、背筋がぞくぞくと痺れた。包み込むようにして揉んだ後は、桃色の小さな突起を指の腹で転がす。初めての刺激に、エリーゼは思わず声を出していた。
「あっ……」
「気持ちがいいか? それとも、嫌か?」
「わかんない、でも……嫌じゃない……と思う……」
 フッと笑って、リョウマは右胸を揉みしだき、左胸は突起をころころと転がした。ぞくぞく、ぞくぞくと、背筋を何度も電流が往復する。
「あぁっ、リョウマさん、あぁん……」
 エリーゼの口から、たまらず甘い声が出た。
「とても色っぽいぞ、エリーゼ王女……」
 そう言うリョウマの息も、少しずつ上がっている。
 リョウマは、右胸の突起に向けて顔を近づけ、それを舌の上で転がし始めた。
「あ、あっ、そんなの、リョウマさ……!」
 逃げようとするようにばたばたと身体を動かしてみたけれど、本当に逃げたいわけでもなく、またリョウマの手から逃げられるわけもなく、ただもがいただけで終わってしまった。妙な感覚だけが、胸の辺りでもやもやと広がっている。
「変なの、なんか、変なの」
 必死に今の状況を訴えると、リョウマはそうか、と意味深な笑いを見せた。
 そうして、エリーゼの脇を支えていたはずの手がいつの間にかなくなっていたかと思うと――その手が思わぬ場所に現れて、エリーゼは身体を仰け反らせた。
「ひゃっ!?」
 リョウマの手は、エリーゼの秘所に触れていたのだ。誰にも触れられたことのない場所。リョウマの太い指が下着越しに何度も往復しているのが分かる。胸を触られた時よりも強い刺激に、エリーゼは思わず眩暈がした。
「あ、だめぇ、リョウマさん、なんか、変な感じが、あぁん……!」
「嫌なのか、そうでないのかだけ、言ってくれればいい」
「嫌、じゃない、けど、でも、だめっ、そんなとこ……っ」
 先程までは優しかったのに――リョウマはこの時、初めてエリーゼの訴えを無視した。
 だが、嫌な気持ちは微塵もなかった。むしろそれを望んでいたような気がして、エリーゼは思わず赤面した。はしたない王女だと思われやしないだろうか。でも、リョウマの指が敏感な部分を刺激するたびに、どうしても声が出てしまう。
「ひぁあっ……! あんっ、あ、リョウマさ……!」
「エリーゼ王女、下着の中に指を入れても構わないか?」
 エリーゼは考える余裕もなく、ただがくがくと首を縦に振った。リョウマの指が、エリーゼに直接触れる。リョウマの指が動く度、ちゅぷ、ちゅぷ、と小さな水音が聞こえた気がした。
「……濡れているな……」
「え……どう、なってる……の……?」
「エリーゼ王女が、俺を受け入れる準備をしてくれているということだ」
 そう言って、リョウマは心底嬉しそうに笑った。その笑顔を見ていると、自分まで幸せな気持ちになっていくのを感じた。リョウマの指の刺激は未だに違和感もあったが、その違和感はすぐに快感へとすり替えられていった。
「エリーゼ王女、少し足を開いてみてくれないか?」
「え……、こ、こう?」
「そうだ、俺に見せるように……」
 躊躇いがちにゆっくりと徐々に開いていくはずが、リョウマの手は容赦なくエリーゼの膝をこじ開けた。リョウマはいつの間にか下着を取り去ってしまい、エリーゼの秘部が剥き出しになってしまった。リョウマの視線を感じ、エリーゼはあまりの恥ずかしさに唇を噛んだ。
「やぁ……見ないで、リョウマさん……恥ずかしいよ……」
「とても綺麗だ、エリーゼ王女……」
 そう言いながら、リョウマは秘部に顔を近づけ、唇をつけて舌で愛撫し始めた。
「ぁあん! そんなところ、きたないってば……!」
「温泉に入ってきたところなんだろう? それにエリーゼ王女の身体に、汚い部分などあるはずがない」
「や、は、あぁん、だめぇ……あぁあ……」
 リョウマの舌から、先程よりも大きな水音が響き渡る。自分のその部分が徐々に熱くなっていることに、エリーゼは気が付いた。自分で見ることはかなわないが、熱くなるたびに、秘部が少しずつリョウマを受け入れる準備をしているのだと、エリーゼは直感的に感じ取った。
 リョウマの舌は縦横無尽に動く。どこを舐められても小さな電流が迸ったが、特に大きな快感を呼ぶ場所があることに、エリーゼは気が付いた。無意識に、その場所をリョウマの舌に押しつけるようにして腰を動かしてしまう。
 するとリョウマはすぐに気が付いてくれたらしい。
「ここがいいのか?」
 舌と指で同時に触れられ、エリーゼはあまりの快感に仰け反り喘いだ。
「ぁあん! んっ……はぁあ……そこ……あのね……」
「何だ? エリーゼ王女。はっきり言ってくれ」
「あのね……あの、リョウマさん、あの、あたし……」
 そこまでは言えるのだが、次の言葉が紡げない。はしたないと思われたくないという気持ちが全てを邪魔していた。それを察したのか、リョウマは顔を上げて、優しく笑いかけてくれた。
「エリーゼ王女。恥ずかしいのか?」
「だ、だって……リョウマさんに、はしたない女だって……思われたくないもん……」
 リョウマははは、と笑って、ゆっくりと太腿を優しく撫でた。
「王女を愛しいと思いこそすれ、はしたないだなどと思ったりはしない。だから、教えてくれ。王女が気持ち良いと思うところを。分かる範囲で良いから」
「うん……あのね、今触ってもらったところ……もっと……触って欲しい、の……」
 言い切って赤面すると、リョウマは深く息を吐いた。
「本当に……可愛いのだな、エリーゼ王女は。愛おしくてたまらない」
「リ、リョウマさん……」
 決して冷たい人ではないと知っていたが、これほどまでに情熱的に愛を囁く人であったとは思いもせず、エリーゼは胸を熱くした。
 リョウマは優しく、エリーゼの好きなところを愛撫してくれた。何度も何度も舌と指を使い、潤んだ花弁を優しく開いてくれた。そうしているうちに、エリーゼの興奮が徐々に高まっていくのを感じた。気持ち良さで、何度も何度も腰が浮いた。
「あぁん、はぁっ、リョウマさん……そこ、すきなの……!」
「そうか、ならば」
 そう言うと同時に、一番感じる部分をきゅうと指で摘まれたものだから――たまったものではない。
「あぁああっ!」
 エリーゼは身体を海老のように仰け反らせ、果てた。それが“果てる”という感覚だということすら、自覚しないままに。


 エリーゼの力の脱けた身体を、リョウマはそっとベッドに横たわらせてくれた。
 エリーゼが上を向くと、覆い被さるようにして自分を見つめているリョウマと目が合った。胸の動悸が蘇る。
 夫婦の情事はこれで終わりではない、むしろこれからだとエリーゼが唾を呑み込んで覚悟を決めていると、リョウマはふっと笑い、エリーゼに口付けを落とした。
「今日は、これまでにするか」
 エリーゼの口からえっ、という気の抜けた言葉が飛び出る。
 リョウマはエリーゼの髪を何度も何度も撫でながら言った。
「初めてだし、少し疲れただろう。これから徐々に、仲を深めていけたらいい」
「で、でも……あたし、してもらってばっかりで、リョウマさんは……」
「俺はエリーゼ王女の全てが見られただけで満足だ。エリーゼ王女が気持ち良くなってくれただけで、俺の心は満たされた」
 そんなはずはない、とエリーゼは首を横に振った。それだけで、リョウマが完全に満足するわけがないのに。けれどリョウマは頑なに首を横に振り、そして笑った。
「エリーゼ王女は本当に優しいのだな。だから俺は、王女が愛おしくてたまらないのだ」
 上から覆い被さるようにして抱き締められ、エリーゼはそっとリョウマの背に手を回す。
「リョウマさん……あたし、本当に平気なのに……」
「違うんだ、エリーゼ王女。俺が臆病なだけだ。だからもう少し、時間が欲しい。こんな中途半端な状態で、君を抱きたくないんだ」
 リョウマはエリーゼが本当に優しい、と言った。だがその言葉はそっくりそのまま返したい、とエリーゼは心の中で呟いた。リョウマはどこまでもエリーゼのことを考えてくれている。エリーゼがわがままを言ったのにここまでしてくれて、けれども覚悟がきっちりとできるまでは抱くまいと自分を制御して。そんなリョウマを、心から愛おしいと改めて感じた。
「うん、わかった。じゃあ……待ってる。リョウマさんがあたしをちゃんと抱いてくれるまで……あたしもそれまで、もうちょっと大人の女の人になれるように頑張るね」
「エリーゼ王女はそのままでも、十分可愛いぞ」
「でも、あたしが嫌なの。もっと大人になって、今日みたいにリョウマさんを困らせないようにするから……だから、待ってるね」
「ああ。待っていてくれ、俺の可愛いエリーゼ王女」
 互いに微笑みながら、口付けを交わす。
 その夜、リョウマとエリーゼは互いの温度を感じるように、ベッドの上で抱き合いながら眠りに就いた。
 これから享受することになるであろうあらゆる幸福に、思いを巡らせながら。
(2016.3.22)
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