ジェラシー・ボンバー

「まずはお前とペアを組んでたあの男だな。お前のスカートをちらちら見てた」
「やっ……そんなの、気のせい……ふぁあんっ……」
「次は部長とかいうあの男。喋ってる間ずっと、お前の胸元に視線落としてた」
「それは、部長さん、背が高いから……」
「……なんだ? 悪かったな、俺は低くて」
 設楽の不機嫌そうな声が響き渡り、そのたびにやや乱暴に指が動く。設楽の膨れ上がったコンプレックスは、全て彼女の身体へと吐き出されていた。シャツをまくり上げ、下着の中に手を入れて彼女の双丘の天辺を押しつぶすようにこねると、彼女の口から一段と高い声が上がった。
「あぁっん……聖司さん、もう、やめて……ください」
「何が不満なんだ? ここは俺の別荘だし、人払いはしてある。山奥だから声も聞こえない」
「そう、です、けど……や、ぁあっ……」
「それとも、あの小さなペンションで誰かに気付かれそうになりながらした方が、興奮したか?」
 設楽が意地悪そうな声で囁くと、彼女の身体がびくんと震えた。
「いやぁ……そんなの、せ、聖司さんのいじわる……」
「ああ、俺は意地悪な人間なんだ。こんなに長いこと付き合ってきたのにお前、知らなかったのか?」
 一段と高圧的な口調で言われて、彼女は瞳に涙を浮かべた。けれども同時に下半身がうずき始めたのを、認めないわけにはいかなかった。


 楽しいサークル合宿になるはずだったのに、どうしてこんなことになってしまったのか――設楽の腕に拘束されながら、彼女はゆっくりと思い返していた。
 一流大学に入学してすぐに、彼女ははば学で付き合いのあった紺野のいるテニスサークルに入部した。知っている人がいるというのは安心感があったし、他校の学生とも交流が出来るという環境は魅力的だった。恋人の設楽は、夏前を待たずすぐにパリに留学することが決まっていた。設楽がいない寂しさを、サークルで多くの人と交流することで紛らわせることができれば――そんなことも、少しだけ考えていた。
 そうしてやってきた、入学して初めての夏休み。当然サークルでは合宿が企画され、夏休みに入ってからすぐ実行されようとしていた。五日間の長野合宿。広いコートを借りてテニスをするのはもちろん、夜の飲み会やレクリエーション、観光なども企画されている。彼女は前々からそれを楽しみにしていたのだが、全ては合宿の前日、設楽と会ったことで狂い始めた。
 合宿に行くと告げた時、設楽はすぐさま俺もついていくと言い出した。日本に帰国した直後ということもあり、互いが互いに飢えていた。夜に愛を確かめ合った後、ベッドに寝そべりながら、設楽は改めてその意志を口にした。
「明日は送ってやる。俺が直接、長野まで」
「えっ? で、でも……」
「でもじゃない。ああ、俺もそこにしばらく滞在するからな。長野には別荘があるんだ。避暑用の」
 当然のことのようにさらりという設楽を見て、彼女は脇で小さく溜息を吐いた。言い出したらきかない設楽のことだ、きっともう自分が何をしたって無駄だ。少しやりすぎたかもしれない、と彼女は後悔する。こうなってしまったのはきっと、先程自分が設楽の嫉妬心と独占欲を煽ってしまったせいだから。
 既にまとめてあった荷物だけ取りに自宅に戻った後、部長にメールで直接現地に行く旨を告げ、彼女は躊躇いつつも設楽の車に乗り込んだ。
 車中はどことなく気まずい雰囲気に包まれていた。あんなにも会いたかった人が目の前にいるのに、なんとなく目を合わせづらくて俯きがちなままだった。設楽も外に視線を向けたまま、自分から何か話そうとはしなかった。車内でした会話といえば、目的地に関する運転手の問いかけに応えたり、彼女に幾度か集合場所のペンションの場所を聞いたくらいのものだ。
 集合場所に着いた後、一行は早速テニスコートを借りて練習をすることになった。設楽は何も言わず、テニスコートの外から練習風景を眺めていた。
 無言のプレッシャーがのしかかってくる。設楽の視線が気になって何度もミスをするたび、彼女は複雑な思いにとらわれた。彼女と少し離れたコートで練習をしていた紺野が話しかけてきた時は、もうおしまいだと思った。
「ずっと気になってたんだけど……あれ、設楽、だよな?」
 彼女は顔を覆ってその場にしゃがんでしまいたくなった。認めたくないながらも小さく頷くと、紺野はふうん、としばらく設楽を見つめた後、苦笑した。
「もしかして、君のことを見に来たのかな。あいつらしいといえば、あいつらしいけど」
「ははは……そう、みたいですね……」
「けど、あの格好、かえって目立っているような気がするけれど。変装しているつもりなのかな?」
 いよいよ顔を覆いたくなって彼女は溜息をついた。設楽の格好は、三年目の文化祭で彼曰く『お忍び』で来た時の格好、そのままだった。ばかでかいサングラスをかけ、見ているだけで暑くなりそうな赤いマフラーを巻いている。かえって目立っているといえばその通りだ。先程から周囲のサークルメンバーたちが、ちらちらとテニスコートの外を見ている。視線は明らかに招かれざる人間――設楽の方を向いていた。
 彼女の心労を察したのか、紺野は苦笑しながらあんまり気にしない方がいいよ、と声を掛けて肩を叩いた後、自分のポジションに戻っていった。紺野の後ろ姿を追いながら、彼女はもう一度溜息をついた。早く彼の視線から逃れたい。予定されている練習が終わるまで、後一時間だ。いつもは楽しくて早く過ぎるはずの一時間なのに、今日は何倍も長く感じられた。
 やっと練習が終わり、部長から解散の声がかかった後、後ろから肩を叩かれて彼女は振り返った。そこには先程までテニスコートの外で見ていたはずの設楽が立っていて、心臓が止まるのではないかと思った。設楽は忌々しげに巻いていたマフラーを剥ぎ取り、サングラスをポケットにしまうと、彼女に向かって口を尖らせた。
「おい。お前のせいで暑くてかなわなかったぞ。どうしてくれる」
 ならば変装なんてしなければ良かったのに――そう言いたくて仕方がなかったが、これ以上彼の機嫌を損ねると面倒なことになりそうなので、黙っていた。
「まあいい。それより、早く車に乗れ。お前は俺の別荘で泊まるんだ」
「は……え!? ど、どういうことですか? わたしはこれからペンションに……」
「これ以上俺を待たせるつもりか? 言っておくがお前が来ない限り、俺はお前を離さないぞ」
 設楽の我が侭に溜息を吐いた後、ふと彼女が周囲に視線を向けると、思った以上に周りから視線を浴びていることに気付いた。途端に全身が震え出し、顔中に血液が集まり始める。今すぐにでも、この場から消えてしまいたくなった。
 同じ学年の友人たちが、にやにやと笑いながら横から声を掛けてくる。
「ねえ、その人、もしかして彼氏さん?」
「あーっ! そっか、この間言ってた、パリ留学してるっていう……」
「ピアノ、すっごく上手いんでしょ? いいなあー!」
「よく見たらその人、かっこいいかもー!」
「なんだ。有名人だな」
 設楽はまるで他人事のように冷めた目で周囲を見ていた。こうした歓声を浴びるのは、彼にとっては既に慣れっこなのだ。彼女は一刻も早くこの場を脱出したくて、思わず設楽にまくし立てていた。
「分かりました。行きます。そっちに行きますから。それでいいんですよね」
「ああ。それでいい」
 設楽は満足そうに鼻を鳴らし、彼女は言い知れぬ絶望感に苛まれることとなった。
 周囲のにやにやとした視線に耐えつつも荷物を部屋から運び出し、部長にその旨を伝えた後、彼女は設楽に従って車に乗り込んだ。設楽は来るときとは打って変わって上機嫌で、珍しく鼻歌など歌っていた。これからどうなってしまうのか想像もできず、彼女は複雑な思いにとらわれていた。確かに設楽と一緒にいられるのは嬉しい。何せ彼は日本に帰ってきたばかりで、一夜を共にしただけではまだまだ足りないくらいなのだ。それにしたって、何も合宿に乱入してくることなんかないじゃないか――今後サークルの仲間達にどう思われるのかということを考えただけで、彼女は絶望のどん底に落とされたような気分になった。
 着いた場所に建っていたのは、シンプルな構造ながらも上品さの漂う美しい別荘だった。木の質感が残された壁やガラス戸の前に、設楽の母の趣味だろうか、季節の鮮やかな花が飾られている。あまりの美しさに、彼女はしばらく圧倒されていた。
「すごい……」
「お前はうちに来るたびそればっかりだな。まあいい、上がれ」
「お、お邪魔、します……」
 緊張しながらも中に足を踏み入れる。入ってすぐのところに、二階へ上がる大きな階段が設置されていた。俺たちの部屋は上だ、と言われ、一階を眺め回す間もないまま、二人は荷物を持って二階へ上がった。
「今日は誰もいない。俺たちだけだ」
 何気なく設楽がそんなことを言うので、彼女は仰天して目を丸くした。
「えっ!? あの、お手伝いさんとか、運転手さんとかは?」
「さあ。とにかくこの別荘には入ってくるなって言ってあるから」
 嫌な予感を覚えながら、通された部屋に荷物を置いた。バッグを開けて着替えを確認していると、突然後ろから抱きつかれて悲鳴を上げる。
「きゃ! せ、聖司さん?」
「ああもう、俺をどれだけ待たせるつもりなんだ。知ってるだろ、俺が我慢強くないって」
 首筋に頬を寄せられて、彼女の身体が熱くなり始める。自分だってこうして触れて欲しかった、けれどもあまりに唐突すぎて、心が追いついていかない。
「だ、だって。仕方がないじゃないですか、本当に合宿だったんですから……」
「それでも、だ。日本にいるのにお前に会えないなんて耐えられない」
「聖司さん……」
 情熱的に囁かれると、身体が溶けていくような感覚がする。設楽は前に回した手を動かし、彼女のシャツをたくし上げた。突然素肌に触れられて、彼女は再び悲鳴を上げる。
「きゃ、ちょっと、聖司さん……!」
「これからお仕置きの時間だ」
 下着の上から胸に触れられ、彼女の身体は敏感に反応する。
「や、そんな、いきなり……」
「お仕置きだって言っただろ。黙って大人しくしてろ」
 設楽はそう言いながら、胸を包み込む手にやや力を込めた。
「そうだな、まずは――」


 あの男がお前のことをじろじろ見ていただの、親しそうに話していただの、そんなことをさんざん言われながら、彼女は胸を徹底的に責められていた。いつの間にかブラジャーのホックが外れ、シャツの間からするりと落ちてしまっていた。突起の部分を押しつぶすように撫でながら、設楽はなおも囁き続ける。
「そうそう。紺野もお前に話しかけてたな。何の話をしてたんだ?」
「せ、聖司さんの話を……あぁっ」
「俺の話? 何だよ?」
「あ、あの変装、目立つなって……それだけ……ひぁんっ!」
 ぎゅう、ときつく突起をつねられて、彼女の背に電撃のように快感が走り抜ける。身体をやや反り返らせると、設楽はその反応がおかしかったのか、ますます指に力を入れた。
「あぁぁっ……も、やめて、ください……やだ……」
「へえ、ばれてたのか。まあいいけど。――それで? お前の身体も少しは温まったか?」
 身体に触れっぱなしだから分かるはずなのに、わざわざ聞いてくるところが意地悪だ。彼女は瞳を潤ませながら、何も言えず荒く息を吐いた。するとしつこく、設楽が耳元に唇を寄せて尋ねてきた。
「温まったかって聞いてるんだ。どうなんだ?」
 同時に突起の部分を再びぎゅうとつねられて、彼女は設楽の腕の中で身悶える。
「あぁんっ! ……せ、聖司さんが一番、よく、わかってるくせに……」
「何言ってるんだ。お前のことなんだから、お前が一番良く知ってて当然だろ?」
「……聖司さんの、いじわる……」
「だから、さっきも言っただろ。俺は意地悪な人間だって。で、どうなんだ? このまま何も言わないなら、ずっとこのままだぞ」
 既にぴくんと立ち上がった突起を優しく撫でる。先程まで刺激が強かったのが急に弱まったために、その落差で彼女の身体はまた疼いた。下半身は既に濡れそぼっているのが自分でも分かる。こっそりと足を擦り合わせると、設楽はそれすらも見逃さなかったらしく、耳に寄せた唇を動かした。
「俺が留学していた間みたいに、一人で慰めて終わるつもりなのか」
 まるで自分の行動を見透かされていたかのような言葉に、彼女の肩はびくりと震える。
「や、そんな……なんで……」
「俺も同じだったから。俺がどれだけ我慢してたか、お前知らないだろ?」
 身体をぴたりと密着させて、設楽は手を止める。
「昨日、お前は俺がいないと生きていけない身体になった、って言ったけど」
 熱い吐息が漏れて、彼女の首筋を撫でた。
「俺も、同じなんだよ――って、こんなこと、わざわざ俺に言わせるな」
 最後の方は、少し気恥ずかしそうに。けれどもはっきりとした口調で、設楽は言い放つ。
 設楽が素直に自分の心情を吐露するのは珍しい。そのせいで一段と大きく、胸の鼓動が高鳴った。
 脳がとろけそうになる。もうどうでも良くなって、彼女も自分の心情をいつの間にか口にしていた。
「聖司、さん……あの」
「何だ?」
「もっと、して、ください……このまま終わるのは、いやです……」
 再びねだるように足を擦り合わせると、彼の満足げな笑い声が鼓膜を響かせた。
「ふっ……上出来だ」


「お前、いつもこんないやらしい格好をしているのか?」
 白いテニススコートの中に手を入れて彼女の敏感な部分に触れながら、設楽は尋ねた。黒いスパッツを穿いてはいるが、確かに激しく動くと簡単に見えてしまいそうな格好だ。ぐっしょりと濡れたスパッツの上から、設楽の大きな指に触れられて、彼女は身体を震わせた。
「こんな格好でいたら、他の男どもがお前を見るのも当たり前だ。ああもう……」
「で、でも、女子はみんなこの格好なのに……」
「お前は特に気を付ける必要があるだろ。俺という男がありながら、お前は他の男に媚びを売るつもりなのか?」
「そ、そんなつもり、な、あぁっ!」
 快感の波がどっと押し寄せる。直接触れてもらえなくてもどかしくて仕方がないのに、こんなにも感じている自分が恥ずかしくてたまらなかった。自分がいかに飢えていたか、分かる。昨日設楽に抱かれたばかりなのに、この気の昂ぶりは一体どういう事か。
「お前、こんなに濡らして……素直じゃないな、俺に触れてほしくてたまらなかったくせに、あんなに抵抗して」
 心なしか嬉しそうな設楽の言葉に、彼女は唇を噛んでふるふると首を振る。
「せ、聖司さんに、言われたくないです……」
「なんだ、まだ抵抗する気なのか? じゃあやめるぞ?」
「や、なんでっ……やめないで、おねがい……」
 設楽の手を抱え込むように足をぎゅっと閉じると、設楽は再び満足そうに声を洩らした。
「それでいい」
 スパッツに手をかけられて、一気に下ろされる。ついでに、下着も一緒に。無防備な姿になってしまって、彼女は急にうろたえた。敏感な場所に空気が直接当たる。初めてではないはずなのに、妙に空気の流れを感じて、彼女は再び足を擦り合わせた。
「あぁ、これはすごいな……慣らす必要もない、か?」
 後ろから指で蜜の滴る花弁を撫でながら、設楽がぽつりと呟く。途端に彼女は後ろを振り向いて、潤んだ目で設楽を見つめた。
「ど、どうしてですか……や、優しくしてください……」
「……冗談だ。お前が痛がってる姿を見るのは、俺も気持ち良くないからな」
 ほっ、と息を吐いて緊張で強張った肩を落とすと、その反応がおかしかったのか、設楽はくつくつと笑った。
「なんだ。俺がそんなに酷い男だと思ったのか?」
「だ、だって、今日の聖司さん、意地悪だから……」
「もう、お仕置きの時間は終わりだ。これからは本気で行く」
「えっ? ……ぁ、だめ、あぁぁっ……!」
 泉のように溢れているその場所に、設楽の指が侵入する。三度目だというのに、設楽は既に彼女の感じる場所を知っていた。彼女の下腹部で、指が探るように蠢く。そのたびにきゅう、と膣壁が設楽の指を締め付けた。下半身に無意識のうちに力が入る。く、と小さく設楽が呻く声が聞こえた。
「お前、きついな……もっと、力抜けよ……」
「だ、だって……あぁっ、も、もう、だめぇっ……」
 思った以上に自分が感じていることに気付いて、彼女は涙目になる。襞と襞の間をかき分けて、いやらしい水音を立てながら設楽の指がもう一本侵入してくる。感じるところを押し当てられて、きゅうと身体が縮こまった。蜜が溢れて止まらない。設楽が欲しくて欲しくてたまらなかった、何よりの証拠。気付かれるのは恥ずかしいと思いながら、こんなふうでは気付かれていないはずがないと、彼女は半ば諦めて目に涙を浮かべる。
「あっ、ひぁ、だ、め、せいじ、さん……!」
 声を発することすらままならない。設楽の指がもう一本、増えた。ますますきつく締め上げる膣壁。設楽は一定のリズムで指を動かしてくる。慣らすため。けれども本当は、自分の声を聞きたいために違いない、と彼女は思った。
「お前、本当に気持ちよさそうにするな……ずるいぞ、お前ばっかり」
「そ、んなこと、言われ……ひぁ、たってぇ……」
「俺も気持ち良くさせろ。いいか?」
 快感にほだされて麻薬漬けになったような脳内では、もう何も考えられなかった。ただがくがくと首を振っていると、設楽がよし、と頷いて、再びいやらしい水音を立てながら、三本の指を引き抜いた。
 続けて、ズボンのジッパーを下ろす音。彼女が僅かに後ろを振り向くと、彼は避妊具を装着しているところだった。
「いいか、行くぞ」
 直後、茂みをかき分けて侵入してくる感覚。三度目で、もう設楽の指を三本は受け入れたはずなのに、まだ痛みには慣れない。それでも初めての時より、ましだ。最初は痛みと快感が半々、否、前者の方が明らかに多かったのが、徐々に後者が増えてきて、もう逆転しそうになっている。
 後ろから受け入れるのは初めてだった。いつもベッドで向かい合っていたから、どうするのが正しいのか、初めての時みたいにまた分からなくなる。壁に手をついてはぁ、と吐息を洩らすと、すぐに設楽が覆い被さってきて、その手に己の手を重ねた。
「お前のうなじ、綺麗だ……」
 また耳元に唇を寄せて囁くものだから、たまったものではない。
「お前のこんな姿、他の男に見せたくない。見られてたまるか」
 急に嫉妬心を丸出しにしたような発言をして、ぐっと己の指と指で彼女の細いそれを挟み込むものだから、彼女はきゃ、と小さく叫ぶ。
「俺が昼間、どんな思いだったか分かるか? 今すぐにでもお前を連れ去って、ここに連れて来たかったくらいだ」
「せいじ、さん……」
「俺は我慢強くなかったはずなのにな。お前のせいで、随分鍛えられた気がする」
 苦笑を洩らした後、でも、と言いながら、設楽は杭を打ち込むように激しく腰を動かし始めた。
「もう限界だ。俺の気が済むまで付き合え」
「あぁっ、あん、せいじさ、だめ……!」
 何度も出入りを繰り返す設楽に、強烈な快感を呼び起こされる。壁にすがって快感に耐えようとするが、もう限界だった。繋がっている場所から蜜が滴り、そのたびに水音が響く。つま先立ちした足ががくがくと揺れて、つりそうになる。
「あぁん、も、だめ……!」
「っ、お前の中……こんな、に……」
 いつものように、悪くない、ではなく、いい、という素直な言葉が聞こえてきたとき、一瞬耳を疑った。けれどもそれは甘く優しく彼女の心を満たした。
 設楽の本音。分かりにくいようで、分かりやすい。けれども素直な言葉じゃないから、直接的に知ることはできない、まるで薄いヴェール一枚に包まれたかのようなもどかしさ。そのヴェールを脱いで、設楽が己をさらけ出してくれたことが、何よりも嬉しかった。
 電流が走ったかのように全身が震える。設楽の息遣いが間近で聞こえた。同じリズム、同じ呼吸。熱い吐息は重なって、天井へと逃げていく。
「聖司さん、あぁん、だめ、も、あぁぁ――!」
「俺も……ッ、うっ――!」
 設楽の苦しそうな声が聞こえて、二人は共に絶頂を迎えた。下半身でどくんどくんと脈打つそれの感覚を痺れる身体で理解しながら、ゆっくりと足の力が抜けていくのを感じた。


「聖司さん」
「ん、なんだ」
「キスしてください」
 一瞬目を見開いた後、すぐに攫われる唇。ちゃんとキスをするのは、今日はこの瞬間が初めてだった。いつもより長いキスに息苦しくなってん、と声を洩らすと、それを悟ったかのように設楽の唇が覆い被さった。水音を立てながら、貪るように唾液を交換する。
 離れた後もぴりぴりとした甘い痺れと共に、設楽の唇の感触が残った。
「腹、減ったか」
「……はい。少し……」
 そう言った途端、ぐう、とお腹が鳴る。一瞬の後、お互いにぷっと吹き出した。人間の三大欲求、睡眠欲、食欲、性欲。それぞれは今まで均衡していたはずなのに、先程は全てにおいて性欲が勝ってしまっていたようだ。どれほど飢えていたんだろうと、終わった行為に少しだけ羞恥が付きまとう。
「車、呼ぶから。外に美味しい物でも食べに行くか」
「はい」
「本当は、お前を食べたら満足するかと思ったけど。そうでもないらしいな」
 彼女の目が見開いて、たちまち顔が真っ赤になる。もう、と抗議の意を込めて設楽を睨むと、設楽は愉快そうに笑った。
「怒るなよ。お前のことはいくら食べても飽きなさそうだなって言ったんだ」
「本当ですか?」
「こんな時にくだらない嘘、吐くわけないだろ」
 そう言って伸ばされた手に、自分の指を絡める。繋がった部分が熱を持ち始めて、彼女は設楽を見て小さく笑った。それに気付いた設楽がこちらを向いて、笑みを返す。
「明日も、明後日も、ずっとここにいろよ」
 そうしたいのは山々だけれど、帰らなくちゃ。そう言うと設楽はふうん、と言った後、それ以上何も言わなかった。受け入れてくれたのだと、勝手に解釈する。
 我が侭を押し通して四六時中一緒にいたいという気持ちは一緒。だけれど、少し離れた後で再び肌を重ね合うときの、あの幸せの絶頂にいる感覚は、きっとずっと一緒にいたら味わえない感覚だから。少しくらい離れて、必要な時にくっつくのが、きっとちょうど良い距離。
 何が食べたい、という問いに、聖司さん、と冗談で返すと、じゃあもう一度部屋に戻るかと言われて、彼女は満更でもない顔で設楽を見つめ返した。設楽は予想外の反応だったのか、微かに動揺を見せた後、『本気にするぞ』とだけ言って、強引に彼女を連れ出した。
 そうして設楽の手に引かれながら、ますます設楽無しでは生きられなくなったことを強く自覚するのだった。
(2010.7.26)
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