――せんぱ、い……もっと……
顔を上気させて、身をよじる。熱っぽい溜息に触れ、思わず耳にかぶりつく。見上げてきた彼女の顔は、自分の影で覆い尽くされていた。もっと、ください。唇の形だけで、そう伝えてくる。その表情に、ぞくぞくと背が震えた。支配欲を刺激され、設楽は彼女の唇に触れようと手を伸ばす。
「っ、ふ……」
しかし、その指は宙を彷徨うばかりであった。夢と現が交互に現れ、設楽を悩ませる。目の前の彼女が現実であればと思い焦がれて止まない。けれどもあれは夢。設楽の作り出した、幻想。現実の彼女はもうとっくに家に帰っているし、設楽の前で生まれたままの姿をさらけ出して、甘い声で啼いたりしない。
それでも、夢の中の彼女は止まらなかった。設楽の前で脚を開いて、湿った息を吐き出し、己の秘めたる部分を剥き出しにして誘っている。下着のすっかり取り払われた胸が揺れ、先端がぴくぴくと震えた。もう一度指を伸ばす。感触のない手で双丘の先端を押しつぶすように撫でると、彼女が一層高い声を上げた。
――ひぁん! ……あぁっ、先輩……!
「……っ!」
もう片方の現実の手は、自分の劣情の塊を握っている。設楽の頭が沸騰しそうになるのと合わせて、刺激を与えるように素早く動いた。
ふわっ、と夢が消えて現実に帰りそうになる時、自分は一体何をしているのだろうという絶望に襲われる。自分は現実の彼女に触れることすら精一杯だというのに、こうして夜な夜な、彼女を想像の中で犯している。現実の彼女はこんなふうに乱れたりしない。設楽を熱っぽい視線で見ることも、設楽を求めて唇を動かすことも、だらしなく股を開いて設楽を誘ったりもしない。けれども、設楽の頭の中ならば、それらが全て現実になる。その事実が喉を掻きむしりたくなるくらい虚しく、我に返った設楽の心を蝕んだ。
しかし一度火が付いてしまったら止まらない。設楽の手の動きは速くなり、彼女への劣情でいっぱいになったその卑しい下半身を、何度も何度も刺激し続ける。電流が走ったように背筋が震え、彼女への妄想がエスカレートする。膨らんだ胸に手のひらを押しつけ、茂みをかき分けて、花園へと侵入する。愛液が泉のように溢れ出して、止まらない。
――あっ、あっ……そこ、だめぇっ……!
何が駄目なんだ、と設楽は容赦なく欲望のままに腰を振る。想像の中の設楽は、彼女を笑いながら見下ろす余裕すらあるのだった。けれども現の設楽は違う。彼女を想像の中でしか犯せないような、そうすることでしか自分の性的欲求を満たせないような、どうしようもなく情けない一人の男なのだ。
握った手が、根元から先端へと滑り抜けていく。その度に強い快感が走り抜け、設楽の脳を、そして思考回路を麻痺させる。何が現実で何が夢かも分からなくなって、気持ちの良い方だけ見ようとしている自分に気付く。
「っ、はぁっ、はぁ……も……ッ」
宙に浮いたままの指が、何かを求めるように動く。さながらそれは鍵盤を叩くかのような、繊細な動き。けれどもただただ宙を掠めるばかりで、音にすらならない虚しいものだ。心の奥から湧き上がる虚しさを快感で消そうとするかのように、設楽の手が動く。既に想像も劣情も、限界に達していた。
――設楽先輩……あぁぁっ……!
「くっ……ふッ……!」
夢が、消える。
設楽に現実を知らしめるかのように、床にぽたぽたと、熱の塊が滴り落ちた。
達してしまった後、強烈な背徳感に襲われる。――いつものことだ。いつものことだが、全く慣れない。むしろその背徳感は、まるで尖った爪で抉られるように、だんだん深くなっていっているようにすら感じている。
これで何度、彼女を犯した。もう数えてなどいない。彼女と出会って、意識し始め、よく外出するようになってから、回数がますます増えた気がする。設楽は腰掛けたベッドに、拳を叩き付けた。スプリングの反動で戻ってくる拳が忌々しかった。己の卑しさで粘ついた指なんてもう見たくもなかった。幼い頃からとにかく指だけは大切にせねばならないと、突き指しそうなスポーツも、図画工作も、砂遊びすら厭ってきたというのに、あっさりと自分の欲望に負けて指を穢すなど、自分はとんでもない馬鹿ではないか――
きゅ、と拳を握りしめる。――もう、しない。その誓いがこの世で一番脆いものであることを、設楽は何よりも良く知っている。その誓いを易々と踏み倒してしまうくらい、己の欲望が強烈なものであることも。
「……俺は」
耐えられなくなって、言葉を吐き出す。けれども続く言葉は、何も見つからなかった。