はじめて、そして、これから

 星界の拠点へ帰還すると、外はひどい嵐になっていた。
 いつも穏やかな快晴の印象が強い星界でも、このような荒れた天気になることはあるのだと、タクミは不思議に思った。そもそも、この場所の存在からして得体が知れぬというか、不思議なことだらけなのだが、少なくとも、天候の変化という概念はあるらしいと分かった。
 ただ、それが分かったところで何が得られるわけでもない。とにかく天気が悪いのは勘弁してもらいたいものだと呟きながら、タクミは自室に戻り、次の戦いに備えて静かに過ごすことにした。
 その日の夜。タクミが弓の手入れを終えて、そろそろ休もうかと思っていた時だ。突然、風と雨の音に混じって、部屋の扉を叩く音が響いた。
 こんな嵐の夜に一体誰が訪ねてきたのかと、タクミの身体に一瞬緊張が走る。
「……はい?」
「タクミ。私よ。アクアよ」
 返ってきた声を聞いて、なんだ、とタクミの肩からあっという間に力が抜けていった。
 扉を開けると、透き通るような水色の髪を振り乱したアクアがいた。何故か少し息が上がっていて、まるで急いでここまで来たかのようだ。雨に濡れて、髪先から雫がぽたぽたと落ちている。
 色々と尋ねたいことはあったが、とりあえず彼女を中へ引き入れてから、タクミは疑問をぶつけた。
「こんな夜中に、一体どうしたんだい?」
 アクアは胸に手を当てて息を整えてから、顔を上げ、タクミをじっと見つめた。
 タクミは戸惑った。この瞳に見つめられるのは、幼い頃からどうにも苦手だ。視線のやり場に困りつつ、もう一度問いかける。
「ええっと……な、何?」
 アクアは小さく息を吐いて、ようやく少しばかり安堵したような表情になった。
「……大丈夫、だったのね」
「アクア姉さん? 話がさっぱり見えないんだけど」
 疑問符をいっぱいに浮かべたままのタクミに、アクアは小さくごめんなさい、と謝った。
「あなたがうなされているような気がしたの。この間みたいに……なんだか、胸騒ぎがして。私の思い込みだった。ごめんなさい」
 彼女の言う『この間』に、タクミは心当たりがあった。
 星界の資料室でうっかり居眠ってしまい、母ミコトが殺されたあの瞬間の夢を見たタクミは、ひどくうなされていたらしい。それに気付いたアクアに起こされた時は、全身汗びっしょりになっていた。アクアはタクミを抱き締め、あなたを守る、と言ってくれた。
 その時、自分が彼女に言ったことを、タクミはもう一度思い出した。目を伏せてしまったアクアを見下ろしながら、タクミは妙な気分に襲われた。
 ――そういえば……もう、“姉さん”、じゃないんだよな……
 気恥ずかしさがこみ上げる。それを振り払うように、タクミはわざとらしく大声を出した。
「あ……ああ! ちょっと待ってて。今、何か拭くもの持ってくるから」
 そう言って、タクミは部屋の奥へ引っ込んだ。
 寝室に置かれた箪笥から適当な布を何枚か持って、アクアの待つ居間に戻る。
「はい。風邪、引くだろ。そのままじゃ」
 タクミが布を渡すと、アクアは心底嬉しそうに笑った。
「ありがとう。優しいのね。タクミ」
 うっ、とタクミは小さく呻いた。熱くなり始めた頬に気付かれたくなくて、思わず顔を逸らす。暴れる心臓を収めようと、タクミは深呼吸を繰り返した。
 少し落ち着いてから、アクアが丁寧に濡れた髪を拭いているのを、横目でこっそりと覗き見た。透き通った湖のような美しい髪に、その間から覗く切れ長の目。心地よい旋律を紡ぎ出す、桃色の唇。儚さすら感じさせる、淡雪のような白い肌――
 タクミは少しだけ見るつもりだったのが、いつの間にか、彼女に見とれてしまっていた。
「……タクミ? あんまり……見ないでちょうだい。恥ずかしいわ」
 アクアの声に、ようやく我に返る。アクアの頬は微かに赤く染まっていた。
「ご……ごめん!」
 タクミは慌てて、アクアに背を向けた。落ち着いていたはずの心臓が、またしても暴れ始める。先ほどと同じように深呼吸してみるけれど、今度の暴れ具合は、そう簡単に収まりそうになかった。
 そうしているうちに、一通り身体を拭き終わったらしいアクアが、タクミの背に向かって言った。
「ありがとう、タクミ。何もないって分かって、安心したわ。じゃあ、また明日ね」
 え、とタクミは振り向いた。アクアは自分の部屋に帰るつもりのようだ。彼女の用は済んだし、当然といえば、当然のことなのだが。
 しかし、今日はこの悪天候だ。せっかく身体を拭いたばかりなのに、またあの雨風にさらされて自室へと戻るアクアを思うと、忍びない思いに駆られた。
「待ってよ、アクア姉さん」
 考えるより先に、口から言葉が飛び出していた。ドアノブに手をかけようとしていたアクアが、振り向く。
「今日はここに泊まっていきなよ」
 言った後で、自分の放った言葉の持つ意味にタクミは戦慄した。アクアも驚いたように目を見開いている。
「……ね、姉さんが良ければ、だけど」
 言い訳するように付け足し、タクミはアクアから視線を逸らした。
「いいの?」
「だ、だって、外はこの天気だろ。帰る途中、また濡れてしまうだろうし……」
 顔を覗き込んでくるアクアの目を見られないまま、タクミは早口でそう言った。
 一呼吸置いた後、アクアは柔らかく笑った。
「そうね。じゃあ、お言葉に甘えるわ」
「あ、ああ……うん」
 タクミはなるべく彼女の顔を見ないようにしながら、奥の寝室へと案内した。
「ここ、使ってくれていいから。僕は適当な場所で寝るし」
「でも……この部屋の主はあなたよ。私こそ、適当な場所で構わないわ」
 アクアがタクミを見上げ、首を横に振る。しかしながら、タクミも折れるわけにはいかなかった。
「そんなわけにはいかないよ。いいから、アクア姉さんが使ってよ」
「いいえ、タクミが――」
「アクア姉さんが――」
 同時に言いかけて、二人は顔を見合わせた。押し問答をする気はなかったが、結果的にそうなってしまった。
 アクアは少し呆れたように溜め息をついて、唇の端に笑みを浮かべた。
「お互い、遠慮していても仕方ないわね。じゃあ、あなたの好意に、もう一つ甘えさせてもらうわ」
 ようやく互いの寝場所が決まったと、タクミが胸をなで下ろした直後。
「タクミも、一緒よ」
「……え?」
 一瞬、意味が呑み込めなかった。アクアは寝室の畳の上に敷かれた布団を見ながら言った。
「普通のものより少し大きな布団だし、なんとか二人くらいは寝られるんじゃないかしら。小さい頃も、同じ布団で一緒に寝たことがあったし」
「それは小さい頃の話だろ? 今は無理だよ。それに……」
「それに?」
「……いや、なんでもない」
 タクミは首を振った。顔には出さぬよう努めたが、内心、次々に浮かんでくるあらゆる想像に振り回されまいと、必死だった。
 確かに幼い頃、一人で寝られず廊下にいたタクミのところにアクアが来て、添い寝をしてくれたことはある。だが、それは幼い頃の話だ。互いに年頃の男女となって、こうして床を一緒にするということは、もう、意味は一つしかないように思えた。そもそも、アクアの側がどう思っていても、アクアを女性として意識し始めたタクミの精神が朝まで持つかどうか、自信がない。
 そんなことを延々と考えていたタクミは、突然服の裾を握られたことに気付き、驚いてびくりと肩を震わせた。無論、握っているのはアクアの手だ。その手に、少しずつ力が込められる。
「タクミ……私、不安なの。あなたと一緒にいないと、あなたが悪夢にうなされていたらと思うと……」
 アクアの細い指が震えているのが分かった。
「お願い。一緒にいてちょうだい」
「アクア姉さん……」
 その手を振り切ることは容易い。だが、タクミはどうしてもそうできなかった。と同時に、邪な考えばかりで頭が一杯になっていた自分を恥じた。アクアはただ、純粋に、自分と一緒にいたいと思ってくれているだけなのだ。自分と一緒にいないと不安だと言っている女性の手を振り払うことなど、タクミにはできない。
「わかった。僕もここで一緒に寝るよ」
 タクミがそう言うと、アクアの不安げな顔がぱっと明るくなった。
「タクミ……ありがとう」
 よかった、と小さく呟くアクアの笑顔が、あらゆる意味で、とてつもなく眩しいものに感じられた。


 寝支度を終えて、二人は一緒に布団に入った。少し大きめの布団とはいえ、やはり二人入ると狭い。タクミはなるべくアクアが広く使えるよう気を遣って身体を縮こまらせたが、それはアクアの側も同じようだった。
 なんとなく向き合うのも気恥ずかしく、タクミはアクアに背を向けて身体を横たえた。
「じゃあ……おやすみなさい」
「おやすみ」
 互いに挨拶を交わしたものの、無論、すぐに寝られるわけもなく。
 外の雨や風の音は、少しずつ弱まってきているようだった。そのせいで、アクアの息遣いが鮮明にタクミに伝わってくる。タクミの心臓の鼓動が、だんだんと大きくなり始めた。すぐ手の届く場所に、愛しい人がいる。そんな状況に、年頃のタクミが平常心でいられるわけがなかった。
 タクミは先程、アクアの訴えにすぐ折れてしまったことを後悔した。こうなることは分かっていたはずなのに。このままで、朝を無事に迎えられるのだろうか。まるで自信がない。
「……ねえ、タクミ?」
 突然真っ暗な中にアクアの高い声が響いて、タクミはことさら大きく身体を震わせた。
「な……なに?」
「眠れない?」
 強がって否と返せる状況にもなく、タクミは素直に肯定した。
「う……うん」
「私もよ。なんだか、小さい時のこと、思い出してしまって……」
 アクアは昔を懐かしむような口調になった。
「覚えてる? 一緒に寝た時のこと。私が話した怪談話のせいで、あなたが眠れなくなってしまって……」
「ああ……うん。あんまり思い出したくないけど」
「あなたは絶対、私なんかと一緒に寝るもんかってずっと拒んでいたけど……結局、他には誰も起きていないし、どうしようもなくて、一緒に寝たのよね」
 タクミの脳内にも、あの時のことが徐々に蘇る。あの頃は憎き暗夜王国の人間だということで、ずっとアクアのことを拒んでいた。だがそれまでの振る舞いを見て、アクア個人はそれほど悪い人間ではないような気がしてきていたのも事実だった。
 アクアの声が、少しばかり弾んだ。
「私、あの時、とても嬉しかったの。タクミがほんの少しでも、私を受け入れてくれたような気がして。タクミは、一緒に寝るだけだからって言って、絶対私の方を向いてくれなかったけど。それでも、嬉しかったの」
 あの頃の複雑な思いが、心の奥底から少しずつ蘇ってくる。絶対に受け入れるまいと思っていた相手。それでも受け入れざるを得なくなった状況。けれども嫌悪感ではなく、安堵感の方が勝っていた。自分の心の揺れ動きを、あの頃のタクミはうまく処理できなくて、ずっと悶々としていたように思う。
「タクミ……大きくなったわね。あなたの背中……広くて、逞しい」
 アクアの手が伸びてきて、タクミの背にぴたりと張り付いた。タクミの心臓の鼓動がまた大きく、速くなる。アクアに気付かれたくない。でも、こんなふうに手で触れられていたら、きっといつかは気付かれてしまう。
 アクアの身体がすり寄ってくる気配がした。程なくして、タクミは、後ろからアクアに抱き締められた。これでは心臓の鼓動も隠しようがない。けれど、それはアクアのほうも同じだ。背中から、アクアの鼓動が伝わってくる。その鼓動の音が自分と同じくらい速いことに、タクミは気付いた。
「タクミ……しばらく、こうしていても、いい?」
 アクアの鈴のような澄んだ声を聞きながら、タクミは限界が近いのを感じた。
「アクア姉さん」
 タクミは振り絞るような声を出した。
「ごめん。僕、このまま我慢できる気がしない。姉さんは、まだ、僕のことを弟だと思ってるかもしれないけど。でも、僕は――」
 一瞬、時が止まったような気がした。
 アクアの手をすり抜けて、タクミはたまらずアクアの方に向き直っていた。
 相対したアクアの瞳は、一つの波紋もない、穏やかな水面そのものだった。拒絶の意思は感じられなかった。もし、拒絶されたら。そんな恐怖は、一瞬にして吹き飛んだ。アクアはいつものように、タクミの全てを受け止めてくれていたのだ。
「タクミ。我慢、しないで。私も……私も、そうなったらいいと、ずっと望んでいた」
「アクア、姉さん……」
「あなたと、一つになりたいの」
 理性の糸が一本、ぷつん、と切れる音がした。
 たまらずに、タクミはアクアの唇をさらった。美しい旋律を紡ぎ出す唇は、驚くほど柔らかかった。タクミはその感触を、何度も貪った。アクアもそれに応え、タクミの舌に、己のそれを絡ませた。
 アクアと口づけを交わすだけでも新鮮な感触で、それだけでもタクミはある程度満足した。だが、このまま終わることを、一度火照ってしまったこの身体は許してくれそうにない。
 経験は、ない。それとなく聞きかじった知識が頭に入っているだけだ。タクミは顔を離した後、ここからどうすれば良いのだろうと思案に暮れた。
 とりあえず、互いに服を着たままではどうしようもない。それは分かる。だが、自分が強引に手を掛けても良いものか。それとも、自分の方が先に脱いだ方が良いのだろうか――
「タクミ?」
 アクアの呼ぶ声で、タクミは我に返った。
「困ってるの?」
「え? あ、いや、そんなことは――」
 ごまかそうとして、ごまかしきれていない自分に絶望する。アクアは何もかもを察したようにふふと笑って、自分の衣服に手を掛けた。
「初めて、ですものね。じゃあ……ちょっと脱ぐから、待ってて」
「え、あ、うん……」
 言われるままに頷いた後、呆けたようにアクアを見つめていると、アクアにこら、とたしなめられた。
「あんまり見ないで。その……恥ずかしいから」
「あ、ご、ごめん!」
 タクミは我に返り、慌ててアクアに背を向けた。
 背後から衣擦れの音が聞こえてくる。アクアが少しずつ一糸纏わぬ姿になっているのだと思うと、情けないくらいに興奮してしまい、タクミの下半身はズボン越しにも分かるくらいに硬く張り詰めていた。
 そういえば、アクアだけではなく、自分も脱がなければどうしようもないという事実にようやく思い至る。タクミは慌てて衣服を脱ぎ始めた。下着を脱いでから、この天を向いたままの己をどうすれば良いのだろうかとタクミは途方に暮れた。そのまま向き直れば、いやでもこうなっていることがアクアに分かってしまう。まだお互いの裸体も見ていないのに、こんなに興奮しているなんて。知られたら恥ずかしいどころの話ではない。
「タクミ、私はもういいわよ」
 声を掛けられて、タクミはびくりと肩を震わせる。このまま彼女の方を向いてもいいものか。なんとかして鎮めるべきか、いや果たしてそんなことは可能なのか。タクミは迷いに迷った末、どうすることもできずに、そのままアクアの方に向き直った。
 まず目に入ってきたのは、アクアの胸だった。女性らしいふくらみのある形に、目を奪われた。それから少しずつ視線を下にやり、彼女の髪と同じ色の茂みが見えたとき、心は更に昂ぶった。
 彼女に触れたい。でも、触れてみても良いものなのだろうか。
 そんなことを考えているうちに、先に触れてきたのは、アクアの方だった。突然陰茎に触れられたタクミは、あまりの不意打ちに驚き仰け反った。
「うわっ!? ね、姉さん!?」
「ねえ……タクミ。あなたの、もうこんなになってる……」
「あ、そ、それは……!」
 タクミの顔がみるみるうちに赤く染まった。一番気付かれたくなかったことに、気付かれてしまった。ごまかせないことだったとはいえ、まさか真っ先に指摘されてしまうとは。
 アクアはタクミの真っ赤な顔と硬くなった陰茎を交互に見つめ、そうして、小さく笑った。
「タクミ……可愛い」
「うっ……」
 一番言われたくなかったことを言われてしまい、タクミは顔を逸らすことしかできなかった。
 その上――アクアのもう片方の手も伸びてきて、両手で陰茎を包み込み、ゆるゆるとさすりだしたものだから、たまったものではない。
「っ!? アクア、姉さんっ、やめ……っ!」
「こうすると、気持ちがいいって、本当?」
 アクアの手の動きはややぎこちなく、強い射精感を引き出すまでには至らなかったが、あのアクアが自分に対してしてくれているという事実だけで、タクミは十分すぎるほど快感を覚えていた。
「っ、く……ぅんっ、やめ、っ……あぁ……っ」
 情けないほど腰が動き、声が出てしまう。
「タクミ……気持ちがいいのね?」
 可愛い、ともう一度呟いたアクアは、片手で陰茎をしごきながら、その先端を口に含んだ。あの柔らかな桃色の唇が、仲間を鼓舞する美しい旋律を紡ぎ出す唇が、タクミ自身をくわえ込んでいる。そのあまりに淫らな光景に、タクミの興奮は最高潮に達した。
 アクアの唇は淫猥な水音を立てる。タクミは強烈な射精感に襲われた。
「だめだ、アクア姉さんっ、離れて、――っぁあっ……!」
 タクミはあっという間に絶頂に達してしまった。
 その瞬間が終わった後は、強い脱力感が襲ってきた。くたりと身体を横たえて、何気なく視線の先を見たとき、タクミの放った劣情の塊が、アクアの美しい頬や髪を汚してしまった光景が目に入ってきた。
 とんでもないことをしてしまった。タクミは慌てて身体を起こし、アクアの皮膚に張り付いた自身の白濁液を拭った。アクアは、それに気付いて視線を上げた。
「ごめん……僕のせいで、姉さんが汚れてしまった……」
 こんなはずではなかった、とタクミは激しい後悔の念に襲われた。アクアにされたこととはいえ、こうなることは予測できたはずなのに、彼女を拒むことができなかった。もっと強く拒んでおくべきだった。そうすれば、彼女の美しい身体が自分のもので汚れることもなかったのに。
 けれども、アクアは意外な反応を返した。嬉しそうに微笑んだのである。
「タクミ、謝らないで。私、嬉しいの。あなたが気持ちよくなってくれて」
「え……」
「私、もっとあなたが愛おしくなってしまったわ」
 そう言って、アクアはタクミの胸に飛び込んできた。口づけを求められ、彼女の思うままに、応じる。繰り返すたびに、タクミの方も、彼女への愛おしさがだんだん強くなっていった。
「アクア姉さん」
 腕の中の彼女に問いかける。
「僕も……姉さんに触れてもいいかな」
「ええ。もちろんよ」
 アクアは笑って頷いた。


 彼女の肌や髪に付着していた白濁液を布で取り去った後、タクミは彼女に口づけた。その後、ふくらんだ胸に視線を落とした。おそるおそる手で包み込むようにして触ると、唇とはまた違う柔らかい感触が伝わってきた。
 やわやわと揉みしだく。タクミはすぐ、その柔らかさに夢中になった。アクアの喉奥からんっ、と小さな快感の声が漏れる。人差し指で小さな突起を揺らすと、アクアの喘ぐ声が少し大きくなった。
「ここ……気持ちいいの?」
 確かめると、アクアはこくりと頷く。タクミは指で突起を押しつぶすように弄った。
「あっ、あ……タクミ……」
 アクアの口から漏れる息が熱い。いつもは聞かれないトーンの彼女の声が愛おしかった。
「あなたに触ってもらえるの……すごく……嬉しいの……」
 タクミは目を見開いた。そんなことをアクアに言われるとは思いもしなかったのだ。タクミは一度萎えたはずの下半身が、また硬く張り詰めてきているのを自覚した。
 タクミはアクアの胸の突起を、思わず口に含んでいた。キスをするように吸い付き、舌で転がすたびに、アクアは身体を震わせ嬌声を上げた。
「あ、ぁあっ……はぁっ……!」
 アクアは額に汗をにじませ、悶えた。
 そのまま、もう片方の胸に口づけようとしていたタクミを制止するものがあった。無論、他ならぬアクアだ。
 アクアは我慢ができぬとでもいうように、みずから空いたタクミの手を取り、その手を自身の茂みの中へと誘導した。タクミの心臓が高く跳ね上がった。
「ねえ、タクミ、おねがい……ここ……触って欲しいの、あなたに、私……もう……」
 アクアは声を絞り出した。
 次に移る機会が掴めずにいたタクミは、思わぬ誘導を受け、遠慮なくその場所に触れた。
 すぐに分かったのは、その場所が既にぬるぬるとした液体で潤っていたということだ。このことが何を意味するか、タクミは以前得た知識から理解をしていた。アクアは待ってくれていたのだ。タクミを、ずっと。
 タクミはアクアの足をやんわりと開き、その場所を初めてまじまじと見つめた。二枚貝のように合わさった襞の真ん中から、透明な液体がとろとろと溢れだしている。タクミはそれを何気なく指ですくった。途端、アクアが声を上げて仰け反った。
「あぁぁっ……!」
 強い快感を得たのだと、タクミは悟った。タクミは急激に彼女への愛おしさが増し、彼女が先程そうしてくれたように、その場所に口付けた。二枚貝の上には小さな豆のようなものがあり、その場所を舌で舐めると、アクアの身体はことさら大きく震えた。
「あっ、あぁっ、だめ、タクミ、いやぁっ……」
 本当に拒絶されているのかもしれないと思ったタクミが少し身体を引くと、アクアは即座に首を横に振った。
「ち……違うの、気持ちが良くて、おかしくなっちゃいそうで、私……っ」
 そういうことかと、タクミは安心した。タクミはもう一度、その場所に優しく口付けた。舌を這わせると、アクアの腰が小刻みに動いた。何度も愛撫しながら、タクミは彼女の表情を盗み見た。いつもとは違い余裕のない表情で、額に汗をにじませて、ひときわ高い声を上げている。淫らとしか表現のしようのない光景に、タクミの興奮は更に高まった。
「あぁっ、んっ、タクミ、私、私……っ、あぁあっ……!」
 とめどなく透明の液があふれてくる。彼女の興奮度合いが伝わるたび、タクミ自身も硬く大きくなる。これを本当の意味で鎮める方法は一つしかないと、タクミは知っている。
 タクミは視線だけを上げて、アクアに尋ねた。
「アクア姉さん、挿れても……いい?」
 アクアは目の端にうっすらと涙を浮かべながら、こくりと頷いた。
 タクミは身体を起こすと、布団の上で仰向けになっているアクアの秘部に、指を差し入れた。場所を確認してから、自分の陰茎をゆっくりとその場所にあてがい、腰を下ろす。
「ん……っ」
 一気に入るはずはなかったが、タクミの陰茎は彼女の秘部を滑っただけで、中へは入ってくれなかった。もう一度指でその場所を確認する。今度はしっかりあてがって、もう一度腰を下ろしてみるけれど、それでもうまくいかない。
「タクミ? 大丈夫……?」
 アクアが心配そうな声を出す。
「ま、待って。大丈夫、のはず……」
 タクミはこれ以上情けない姿を見せるわけにいかないと、身体を起こそうとするアクアを制した。そうして、もう一度同じ過程を辿るが、結果は同じだった。上滑りするだけで、彼女の中に入ることができない。
「くそっ、なんで……」
 タクミの表情に焦燥感が滲む。
 必死に入り口を探し当てようとしていると、アクアがいつの間にか身体を起こしていた。そして、タクミの目の前に細い指があらわれた。
「え、」
「タクミ、見える? ここよ」
 驚いている間に、アクアの指は二枚貝を割り開いていた。アクアが自らの指で、タクミに秘められた場所を提示してくれている――あまりに卑猥すぎる光景に、タクミの陰部は情けなくも激しく反応した。
 アクアの入り口にもう一度あてがい、今度は自分の指で少しずつ中を押し広げながら、タクミは腰を埋めていった。
「あ、ッ、ぁ……!」
 アクアの顔に苦痛が滲む。タクミが躊躇したのを悟って、アクアは首を振って彼を中へ誘い続けた。
「いいの、おねがい、タクミ、奥まで……来て……っ!」
「わ、わかったよ……!」
 タクミはアクアの襞をかき分ける感覚を味わいながら、少しずつ中へと入っていった。陰部から血がぽたぽたと流れ出す。アクアは後ろに置いた手で布団を握り締めながら、それでもタクミを受け入れようとしてくれている。彼女に苦痛を味わわせたくない気持ちはあったが、彼女の気持ちに応えたいと思う気持ちの方が、勝った。
 少しずつ、少しずつ――そうして、タクミの陰茎は、すっぽりとアクアの中へ入り込んだ。
「ア、 アクア姉さん……! 最後まで入った……」
 アクアは脂汗を滲ませながらも、タクミに向かって笑ってくれた。
「うれしい……タクミと、やっと、一つになれたのね……」
「うん……!」
 愛おしさのあまり、二人は口づけを交わしていた。
 その後、アクアはタクミの胸に顔を埋め、懇願した。
「タクミ、ねえ、いいから、動いて……あなたの好きなようにして……」
「でも、姉さん、痛いんじゃ……」
「いいの。あなたと一緒に……気持ちよくなりたいの……」
 そこまで言われて引き下がるわけにはいかない。タクミは頷いて、少しずつ腰の動きを開始した。
 ぎこちない出し入れではあったが、タクミの側には確実に快感が伝わってきた。時折アクアの中がきゅっと締まるのが、少し痛いけれど、とても気持ちが良いことに気付いた。タクミはその感覚が恋しくなった。もっと欲しい。更なる快感を求めるように、タクミの腰の動きは次第に激しくなっていった。
「っ、ぁあっ、タクミ、タクミ……!」
「アクア姉さん、あぁ、僕、もう――!」
 激しくなる打ち付けの中、アクアは絞り出すような声で言った。
「タクミ、ねえ、私のこと、名前だけで呼んで。お願い、アクアって呼んで、おねがい」
 ――私はもう、あなたのお姉さんじゃないから。
 アクアの無言の訴えをも、タクミは瞬時に理解した。
「アクア、好きだよ、ああ、僕のアクア――!」
 頭の横に添えられた彼女の手に、自分の手を重ねた。彼女の苦痛が少しでも治まりますように。そして、彼女ともっと、気持ちよくなれますように――
「タクミ、タクミ――っ!」
「アクア――!」
 互いに名前を呼び合い、そして――
 一瞬の後、タクミは、彼女の中に射精したことを知った。中でどくんどくんと脈打つ感覚が、この上なく新鮮で、心地よく感じられた。
 アクアはくたりと顔を横たえて、はあ、はあと息を繰り返していた。
 目尻には涙が光っていたが、その唇には微笑みが浮かんでいた。


「タクミ、どうしたの?」
 嬉しそうに名を呼ぶアクアとは対照的に、タクミははぁ、と溜め息をついていた。
 理由は一つしかない。こんなはずではなかったという思いに苛まれたからである。
 ふつう、こういうことは、男性の側が先導するものだと聞いていた。けれども、実際は逆ばかりだった。アクアから先にタクミに触れ、先に気持ちよくさせられてしまったし、その後の愛撫で、次に移れずにいたタクミを誘導してくれたのもアクアだった。いよいよという段になっても、なかなか中へと挿入できないでいたタクミを、膣内を押し広げてまで誘導してくれたのは他ならぬアクアだ。こんなに情けない話があるだろうか。
「さっきのこと、気にしてるの?」
 アクアの問いに、タクミは隠しきれず素直に頷いた。
「情けないなんて話じゃないよ。全部、アクアにしてもらったようなものだ。男の僕が先導しなきゃいけないはずなのに……」
 うなだれるタクミの肩を、アクアは優しく叩く。
「そんなこと、気にしないで。だってタクミは、私のことを気遣ってくれてたんでしょう? 情けないなんて思わないわ。私はあなたの、そういう優しいところが好きなのよ」
「アクア……」
 彼女の言葉を嬉しいと思うと同時に、やはり情けないという思いがこみ上げる。
 タクミが顔を上げられずにいると、アクアが突然顔を覗き込んできて、思いがけない質問をした。
「ねえ。タクミは、さっきのが初めてだったの?」
「え!?」
 タクミは思わず仰け反る。しどろもどろになりながらも、真っ直ぐに見つめてくる彼女の瞳に、嘘はつけなかった。
「う、うん。そうだけど……」
「そう。良かったわ」
 アクアは胸に手を当てて、安堵したように息を吐いた。
「ア、アクア……は?」
 躊躇いながらも尋ねると、アクアはあっさりと答えを返した。
「私も一緒よ。あなた以外の人は、知らないわ」
「そ、そう。良かった……」
 タクミはほっと胸をなで下ろした。
 彼女と一つになった時、破瓜の血が流れてきたことで薄々とは感づいていたが、どうしても確かめておきたかったのだ。それに、もし彼女が処女でなかったら、情けなさと嫉妬とで狂いそうになっていたかもしれない。
 アクアもタクミと同じように微笑んでいた。
「あなたが初めてで、本当に良かった。もし、あなたに他に相手がいたって知ったら、私……嫉妬してしまっただろうから」
 嫉妬、という言葉がアクアの口からも飛び出たことに、タクミは驚いた。自分と同じようなことを考えていたと知って驚いたのもあるが、アクアは他人に執着するような人間ではないと勝手に思い込んでいたからだ。
 嫉妬という感情はどちらかといえば醜いものに分類されるだろうが、今のタクミには妙に心地よい響きに感じられた。アクアにとってタクミは、それだけの価値がある人間だということだからだ。
「だから、どちらが先導するとか、そういうことじゃなくて……私たちは私たちなりのやり方を探していきましょう。ね」
「うん。そうだね」
 顔を合わせて、互いに微笑む。
 二人の関係は、始まったばかりだ。それに、未だ、この関係は誰にも話していない。二人の間には、素直に結ばれるにはあまりにも多くの障害がある。タクミは改めて、その障害を何としても乗り越えていく決意を固めた。
 この先どうなるかは分からないが、きっと、大丈夫だ。隣にアクアがいてくれれば、それだけで、きっと。
 外の嵐はいつの間にかどこかへ過ぎ去っていて、名残の小雨がしとしとと窓を叩いている。
 明日の朝には晴れてくれることを祈りながら、タクミは眠りについた。
(2017.1.21)
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