Accarezzevoleなひとときを

「春歌、春歌。起きてください」
 優しい声が降ってきて、春歌は夢の世界から緩やかに現実へと引き戻される。顔を上げて目を擦ると、目の前には愛しい人の顔があった。
「……一ノ瀬、さん……?」
「そうです。全く、こんなところで寝て……風邪でも引いたらどうするんですか」
「えっ? ……あ!」
 その瞬間、春歌は一気に目が覚めた。
 ここはリビングで、春歌はテーブルの上に突っ伏したまま寝てしまっていたらしい。テーブルには楽譜や資料がいくつも散乱していて、目の前に置かれたパソコンには、シーケンサーソフトが立ち上がったままになっていた。
 慌ててファイルを保存し、パソコンの電源を切る。それからわたわたと資料と楽譜を集めていたら、トキヤが既に半分以上集めて整頓し、春歌に手渡してくれた。
「仕事熱心なのはいいですが、体調管理はきちんとしてください。倒れたら元も子もないのですよ」
「……はい。気を付けます……」
 返す言葉もない。春歌はしゅんとなった後、そういえば、と顔を上げて、トキヤに尋ねた。
「あの、一ノ瀬さん、今日はどうしてここに……お仕事だったんじゃ……」
「そう、そのことなんですが」
 トキヤはそう言って、顔をほころばせた。
「今日は先方の都合で撮影が中止になって、丸一日オフになったんです。朝電話をしたんですが、何回掛けても出ないので、心配になって来てみたんですよ」
 はっとなって、テーブルの上に置かれていた携帯電話を手に取る。画面を見ると数件、トキヤからの着信とメールが入っていた。着信音にすら気付かないくらい熟睡していたのだと思うと急に恥ずかしくなった。
 お互いの部屋の合鍵は渡してあるから、トキヤが部屋に入ってくるのは容易なことだ。そのこと自体は構わないとはいえ、寝起きの姿を見られたと思うとどうしても羞恥が勝る。
 そこで春歌は更に、あることに気付いてはっとした。
「あ……! わ、わたし、昨日その、お風呂に入って……なくて……あの……」
 仕事に夢中になっていて、昨夜は風呂を沸かしてすらいなかったことに気付く。いてもたってもいられず、春歌は慌てて立ち上がった。
「い、今から入ってきますっ!」
 そう言って着替えを取りに寝室に戻ろうとすると、突然後ろから優しく抱き寄せられた。振り向くとトキヤの顔が至近距離にあって、春歌の心臓が一段と高く跳ね上がる。
「あ、あの、一ノ瀬さん……?」
「まさかお風呂に入ることすら忘れていたとは、君という人は本当に……」
 こらえきれないとでもいうようにくつくつと笑うトキヤ。春歌は穴があったら入りたい、と切実に願った。テーブルに突っ伏して寝ていたところを見られただけでも、恥ずかしくてたまらないのに――春歌はトキヤの束縛から抜け出そうと、軽く抵抗した。
「い、一ノ瀬さん、わたし今、お風呂に入ってないからその、あ、あんまり綺麗じゃないというか……は、離してください」
「お断りします。せっかくのオフなんです、君とは片時も離れたくありませんね」
「で、でも、このままじゃお風呂に入れない……」
「なら、私も一緒に入っても構いませんか?」
「…………え?」
 聞き間違いではないかと思った。だが、トキヤはゆっくりと、言い聞かせるように繰り返す。
「ですから、私も君と一緒にお風呂に入っても構いませんか、と聞いているんです」
 ただでさえ鼓動の速くなっていた心臓が胸の中で暴れ出す。頬が一瞬にして焼け石のように熱くなった。トキヤは微笑んではいるが、その言葉はどうやら冗談ではなさそうだ。何と答えるべきか、春歌は戸惑う。
「えーと……あ、あの、一緒にって……」
「何も恥ずかしがることはないでしょう。君の生まれたままの姿を見るのは、これが初めてではないのですから」
 喉の奥から変な声が出る。ぽん、という音がして、頭から煙が出るのではないかと思った。
「い、いい一ノ瀬さん……!」
「私は事実を述べたまでです。そういえば、君と一夜を共にしたことは幾度かありましたが……お風呂に一緒に入るのは、初めてですね」
 そんなふうに言いながら、トキヤは腕の束縛を少し緩めた。逃がしてくれるのだろうかと思ったが、どうやらそうではないらしい。さっと膝裏に手を添えられたかと思うと、そのまま強い力で持ち上げられ、抱き上げられる格好になる。いわゆるお姫様抱っこというやつだ――それに気付いた瞬間、春歌は真っ赤になった。
「ちょっと、あの……!」
「浴室まで連れて行って差し上げますよ、私のお姫様。どうやら素直に行きたい、とは言ってくれないようですから、少々強引な手段をとらせていただきます」
「い、行きたいなんて、わたし!」
「おや? 私とお風呂に入るのは嫌ですか?」
「い……嫌、では、ないです……けど……」
 消え入るような声で言いながら俯く。そう、実のところは嫌ではない。ただ激しい羞恥に襲われるというだけのことだ。それに最近はお互いの仕事が忙しいのもあって、こうして会うのは久しぶりなのだ。片時も離れたくないという思いは、春歌も同じだった。
 トキヤはふふと満足げに笑って、春歌の耳元に唇を寄せた。
「せっかくのオフなんです、今日はめいっぱい楽しみましょう」
 春歌は嬉しさと恥ずかしさで、思わずきゅっと目を閉じた。


 浴槽に栓をして風呂を沸かす準備を整えた後、二人は脱衣所にいた。
 トキヤは躊躇うことなく、次々に服を脱いでかごの中に放り込んでいく。春歌はというとあまりの恥ずかしさで、真っ赤になって俯いたままその場から動けずにいた。それに気付いたトキヤが、シャツを脱ぎながらくつくつと笑う。
「脱がないと、お風呂には入れませんよ?」
「で、でも……」
「仕方がありませんね。女性が衣服を脱いでいるところをじろじろ見るというのも趣味が悪いですから、私は先に浴室で待っていますよ」
 最後に下着を脱いで、トキヤはでは、と言い残して浴室の中へ入っていってしまった。
 春歌の緊張が最高潮に達する。けれど、ここにずっといたって仕方がない。本当にお風呂に入らなければならないのはトキヤではなく春歌の方なのだ。春歌は観念して、そろそろと着ていたものを脱ぎ始めた。
 全裸になってからタオルを全身に固く巻き付けた後でも、羞恥は消えなかった。浴室の扉を開けるのに手を伸ばしかけ、一度躊躇する。春歌は固く目を瞑った。どちらにせよ、中に入らなくてはならないのだ。ならば――覚悟を決めて、春歌は扉を開けた。
 白いバスチェアに腰掛けていたトキヤが、音を聞きつけて振り向いた。優しい瞳と目が合って、春歌は思わず俯いてしまう。
「おいで、春歌」
 恥ずかしくてたまらないのに、そよ風のような優しい声に導かれて、春歌は足を進めていた。傍まで来ると、トキヤが腕を伸ばして春歌を抱き寄せ、膝に座らせてくれた。先程と同じように後ろから抱き締められて、春歌の身体の芯が熱くなる。
「君と離れている間ずっと、君に触れたいと――そればかり考えていました。だから、今こうしていられるのが夢のようです」
 後ろから情熱的に囁かれて、春歌の胸がきゅんと疼く。
「一ノ瀬さん……わたしも……」
 お互いの仕事が忙しい時は、相手の都合も考えて、頻繁に連絡を取るようなことはしない。どちらから言い合ったわけではないが、お互いにお互いのことを考えてのことだった。それを頭では理解していても、やはりどうしても寂しさが募る。まだ恋人になって一年も経っていないのだ。会って話がしたい、触れ合いたいと思うのは、自然なことだった。
 トキヤがふふ、と笑いながら尋ねてくる。
「私に会えなくて、寂しかったですか?」
「……はい。ずっと、会いたいって……」
「一人で寂しくてどうしようもない時は、どうしていたんです?」
「ど、どうしていた、って……?」
「例えばこんなふうに、自分を慰めたりは?」
 そう言うと、トキヤの手がそろりと伸びてきて、タオルの下に隠された春歌の敏感な部分に触れた。身体を震わせて、春歌は思わず反射的に足を閉じてしまう。
「い、一ノ瀬さんっ!」
「私の前では、こんなものは不要ですよ、春歌」
 そう言って、トキヤはもう片方の手で春歌の纏っていたタオルを解いて床に投げ捨てた。一糸纏わぬ姿が、目の前の鏡に映し出される。それがあまりに恥ずかしくて、春歌は顔を手で覆った。そうしている間に、トキヤはやんわりと春歌の閉じていた足を開けてしまう。
「すごいですね、少し触れただけなのに、もうこんなに……余程、私が恋しかったんですね」
「やぁ……一ノ瀬、さ、やめ……」
「嫌です。せっかくのチャンスを、私が逃すはずがないでしょう?」
 トキヤの指がゆるりと動いて、ぷっくりと膨れた花弁に擦りつけられる。潤んだ場所を往復する度に快感がせり上がってきて、春歌はぞくぞくと身体を震わせた。恥ずかしい。けれどもそれ以上に、こうして触れてもらえることが、嬉しくてたまらない――
「あっ、や、だ、だめ……あぁん」
「春歌。顔を手で覆ってないで、鏡を見てごらんなさい。君のここは、今どうなっていますか?」
 トキヤの左手で腕を顔から引き剥がされつつ、右手で秘所を愛撫され、すっかり蕩けたその部分に指が挿入されていく。春歌は否が応でも、鏡の中の自分と向き合わなくてはならなくなった。みっともなく開いた脚の中の、トキヤの指によってぐっしょりと濡れてしまったその部分をうっかり目にしてしまい、激しい羞恥に襲われる。
「や……! 一ノ瀬さんの、いじわる……」
「ほら、教えてください。君のここはどうなってますか?」
 ふるふると首を横に振っても、トキヤが許してくれそうな気配はない。
「駄目ですよ、逃げては。何も言わなければ、ずっとこのままですよ」
「やぁ、ん……意地悪、しないで……」
「私もまだまだ子どもですからね。好きな人には、特別意地悪をしたくなるんです」
 まるで反省の色がないどころか開き直ってしまった。春歌は羞恥と快感に身を打ち震わせながら、ぽつり、ぽつりと言葉を零した。
「い、一ノ瀬さんの、指、が」
「私の指が、どうなってます?」
「わたしの、中を……出たり、入ったり、してて」
 言いながらきゅっと目を瞑る。こんなに恥ずかしい思いをするのは初めてだ。
「それで、君のここはどうなってますか?」
「す、すごく、濡れて……溢れそ、ぁっ、あぁん、一ノ瀬さん、だめ――!」
 トキヤの指の動きが少し激しくなった。ぐちょ、という卑猥な水音が風呂場に響き渡る。中から一気に何か熱いものが溢れる感覚があって、春歌は吐息を洩らした。
 トキヤのもう片方の手が、春歌の起き上がった胸の蕾に触れた。優しく弄られて、春歌は思わず身体を仰け反らせる。
「はぁん……ん、やぁっ……」
「気持ち良いですか? 春歌」
「そ、そんな、こ、あぁん!」
 思わず腰を浮かせてしまう。そして再びトキヤの膝に座った時――気付いてしまった。大変な事実に。
「あ、あの、一ノ瀬さん……」
「なんですか?」
「一ノ瀬さんのが……その、お尻に当たって……」
 すっかり固くなったトキヤのそれが、春歌に当たって自己主張を繰り返していたのだ。指摘すると、これですか、とトキヤは優しく笑った。
「君のせいですよ。君があんまりにも可愛く啼くものだから……」
「だ、だって、それは一ノ瀬さんが」
「そうです。君のそんな姿が見たくて……いけませんか?」
 開き直ってしまうのだから、質が悪い。春歌は小さく首を横に振って、俯いた。一度気付いてしまうと、嫌でもお尻に当たるものを意識してしまう。それがどうなってそうなるのかを知ってしまっていると、なおさらのこと。
 だが、トキヤはそこで、意外な一言を放った。
「今日はこのまま、君の達する姿を見て終わるのも悪くないですね」
 え、と戸惑いの声を洩らして、春歌は思わず後ろを振り向いた。トキヤは穏やかな笑みを浮かべたままだ。何を考えているのか、まるでわからない。いつものようにトキヤと向き合って、二人で心地よくなるものだと思っていた、のに。
「あの、でも……」
 躊躇いがちに言葉を発すると、途端にトキヤが意地悪そうな笑みを浮かべた。
「どうしたんです? もっとして欲しいことがある、とか?」
 春歌はそこで、トキヤの術中に嵌ってしまったことを知る。きっと春歌にそれを言わせるためだったのだ――春歌は気付いて顔を赤らめたが、もう逃げられない。トキヤは軽く笑いながら、春歌の耳元に唇を寄せてくる。
「一体何ですか? 私にも教えてください」
「……な、何も……」
「何もない、なんて言わせませんよ」
 春歌は思わず目を瞑った。恥ずかしくて恥ずかしくて、この場から消えたくなる。それを心の奥底で望んでいたのは事実だが、わざわざ口に出すことになるだなんて思いもしなかった。
「さあ、春歌。言ってみなさい、どうして欲しいですか?」
 促すトキヤの声が優しすぎて、心が揺れ動く。春歌は羞恥に耐えながら、小さな声で言った。
「……一ノ瀬さんと、一つに……なりたいです……」
「一つに、ですか。なるほど、そういう言い方もありますね」
 トキヤは納得したように何度か頷いていたが、それで逃がしてくれる様子はなかった。更に意地悪そうな声色で、言葉を続ける。
「具体的に教えてください、私の何が欲しいですか?」
「ぐ、具体的に、って……!」
「一つになるといっても、方法は色々とあります。例えば互いの唇を合わせるだけでも、一つになる、という言い方はできると思いますが……君が本当に望んでいることは、それだけですか?」
 春歌は俯いてしまった。無論、望んでいることはそれだけではない。それだけなら、ただ向かい合ってキスをねだればいいだけのことだ。口付けするのにもまだ少々の躊躇いはあるが、それをねだるだけなら、今本当に望んでいることを口にするよりも遙かに楽だ。そうではないからこそ、春歌はこうして躊躇いに躊躇いを重ねている。
 春歌は思わず足を擦り合わせた。トキヤの指で蕩けてしまったそこが、早く、と望んでいる。けれど――躊躇いが一瞬壁のようにせり上がり、しかし心の中の思いが、いとも簡単にその壁を乗り越えてしまった。
「一ノ瀬さんを、ください……」
「それだけでは、答えになっていませんよ。私は春歌の、どこにどうすればいいんです?」
「わ、わたしの……」
「こっちを向いて、春歌」
 トキヤに促されて、春歌はトキヤと向かい合うように座り直した。優しい瞳に見つめられて、春歌の心臓の鼓動が速くなる。
「……ほら」
 春歌は真っ赤になりながら、指で、自分の秘部を広げて見せた。
「わたしの、ここに……一ノ瀬さんの硬い、それを、挿れて、ほしい……です」
 ようやくそれだけ言うと、力尽きたように春歌は深く息を吐いた。
「よくできました。上出来です」
 トキヤは耳元で優しく囁いて、僅かに腰を引く。その先端が春歌の潤んだ場所に当たり、春歌の胸がとくん、と高鳴った。
「少し、腰を浮かせられますか? ゆっくりと……そう、私を呑み込むように」
 春歌はこくんと頷いて、腰を浮かせた。そうして自分の秘部を指で広げながら、トキヤの欲望の塊をゆっくりと呑み込んでいく。
 下半身を襲う異物感に、春歌は身体を震わせた。久しぶりの感覚だった。トキヤの視線が、繋がる部分に注がれているのがわかる。そういえば以前、トキヤはこの部分を見るのが好きだと言っていたことがあった。より二人が繋がっている実感が湧くからと。春歌は無意識に見せつけるように茂みをかき分け、微かに喘ぎながら、煽った。それがトキヤには効果てきめんらしかった。
「あぁ、春歌……今日の君はなんていやらしい……そんな姿、私以外の男には見せてはいけませんよ」
「こ、こんな姿、見せられるのは一ノ瀬さんだけですっ」
「それを聞いて安心しました。ああ、それと春歌」
 トキヤが付け加えるように言う。
「私のことを、いつまで一ノ瀬さんと呼ぶつもりですか? もう恋人同士になってそこそこ経つのですから、そろそろ名前で呼んでくれてもいいのでは?」
「あ……あの、では……トキヤ、くん」
「これからはそう呼んでください。ほら、春歌、少しずつでいいから、動いてみてください」
 最後まで呑み込んだ春歌を促す。春歌は小さく頷いて、腰を再び浮かせた。トキヤの屹立したそれが膣の中を滑っていく感覚がなんとも言えず、春歌は熱い溜息を洩らした。快感を覚えているのはトキヤも同じようで、春歌が動く度、小刻みに息を吐き出している。春歌は腰を擦りつけるようにして、何度も何度もトキヤを求めた。
「あっ、あぁっ、トキヤくん、トキヤくん……!」
「春歌……あぁ、本当に、君が愛おしくてたまらない……」
 トキヤの顔が近づいてきて、二人は繋がったまま甘い口付けを交わす。トキヤの舌が何度も何度も春歌の舌に絡みつき、歯列をなぞった。トキヤの腰も小刻みに動いて、快感を求めているようだった。それが嬉しくて、春歌も何度も腰を浮かせてはトキヤの怒張を呑み込んだ。求めて、求められている。たったそれだけのことが、こんなにも嬉しくて幸せだなんて、トキヤに出会うまでは知らなかった。
「トキヤくん、わたし、わたし……もう……!」
「春歌、っ、もう、私も限界です……本当に、」
「あっ、あぁぁっ――!」
 春歌はきゅっと身体を縮こまらせて、絶頂に達した。その後トキヤは、春歌の中から自分のそれを素早く引き抜いた。直後、温かいものが春歌の足にかかる。トキヤの先端から白濁液が飛び出していたのだ。
 春歌が脱力して小刻みに息を吐き出しているのと同じように、トキヤも余裕なさげに、肩を何度も上下させていた。


 一通り身体を洗った後、二人は浴槽の中に入り座っていた。トキヤの膝の上に座って、後ろから抱きかかえられる格好だ。向き合うのもいいが、こうすれば最もよく密着できるから、春歌はこの体勢が好きだった。
「久しぶり、ということもあるでしょうが……君があんなふうに煽ってくれるとは思いませんでしたよ。こちらも思わず興奮してしまいました」
「ト、トキヤくん!」
 真っ赤になって、春歌は身体を縮こまらせる。思い出すだけで、この場から消えてしまいたくなる。トキヤはくつくつと笑って、春歌の頬を人差し指でつついた。
「君はすぐに赤くなりますね。本当にからかいがいのある……君があんまりにも可愛いから、毎日見ていても飽きません」
 毎日、のところには、きっと願望も入っているのだろうと春歌は察した。毎日顔を合わせるのは、今の二人には無理な話だった。無理をすれば会うこともできなくはないが、それはお互いの心が許さないだろう。そうまでして二人でべたべたしながら時間を過ごすことは本意ではない。
「でも、毎日見ていないからこそ、新鮮に感じる部分もあるのでしょうね。一人でいる時に思いが膨れ上がりすぎてしまって、君とこうして久々に会った時、いつも自分を制御できるか心配になります」
 普段会うだけの時はそんなことなど微塵も感じさせないから、本当にトキヤくんはすごい、と春歌は素直に感動した。春歌は早乙女学園でパートナーを組んでからずっと、トキヤの様々な表情を見てきたけれど、基本的なイメージは冷静で落ち着いた雰囲気のままだったので、この告白は意外でもあり、嬉しくもあった。
「わたしも……トキヤくんとこうやって久しぶりに会えると本当に嬉しくて、胸から思いが溢れて止まらなくなります」
「それを聞けて良かった。これからも、毎日会うというわけにはいきませんが……いられる時は、できるだけ一緒にいましょう」
 そうでなければ、と、トキヤが春歌の肩に頭を預けてくる。
「私は君不足で、死んでしまいそうです」
「お、大げさですっ、そんな」
「大げさではありません、私は至って真面目です。君は人間にとっての酸素や栄養分と同じで、私にとって既になくてはならないものになっているんですよ」
 気恥ずかしさもあったが、それ以上の嬉しさで心が震えた。幸せをじっくりと噛み締める。
「愛しています、春歌」
「わたしも……大好きです、トキヤくん」
 愛の言葉を交わし合って、互いの気持ちが少しも違わないことを確認する。
 こんな幸福な時間がいつまでも終わりませんようにと、春歌は心の中で強く願った。
(2011.10.4)
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