透き通るようなセルリアンブルーの空に、綿菓子のような雲が浮かんでいる。
歴代のラント領主の眠るこの墓前で、ソフィは指を組み祈りを捧げていた。隣には同じようにして、静かに祈りを捧げるアスベルの姿もある。
アスベルは目を開けてすぐ、墓石に視線を落としたまま動かないソフィに気付く。墓石に刻み付けられた領主達の名を見つめるソフィの瞳は、言葉では言い表せぬ孤独さを宿らせているように映った。
先程まで祈りを捧げていたソフィの手は胸の前で小さく握られ、まるで様々な想いをその胸に押し込めているようにも見える。突然吹いてきた風に揺られ、ソフィの白いワンピースが羽のようにはためいた。
「ソフィ、どうしたんだ?」
アスベルが尋ねると、我に返ったようにソフィの身体が震えた。長く伸ばしたままの髪を手櫛で梳いて、ソフィはううん、と首を振る。
「なんでもないの。ちょっとだけ、考えてた」
「考えてた? 何を?」
ソフィは躊躇うように目を伏せた後、その桃色の唇を動かし、春の暖かな空気を震わせる。
「わたしはこれから、何度ここに来ることになるんだろう、って」
言葉の表面上の意味だけ捉えれば何でもないような言葉に、アスベルは胸を衝かれたような気分になる。彼女の大きな紫の瞳に、切ない思いが揺らめくのを見た。ソフィははっきりと口にはしなかったが、その想像は無論アスベルもしたことがある。すなわち、アスベルとソフィとの間にある、大きな溝――寿命のこと。
ソフィはアスベルと同じ人間ではない。遙か遠くにある星フォドラで、ヒューマノイドとして生まれた。その生まれのことを、アスベルはほとんど気にしたことがない。身体能力に優れていることと、感情表現がやや下手なこと以外は、どこにでもいそうな普通の少女だった。
だがもう一つ、人間とヒューマノイドという種族の違いを意識せざるを得ない事実が、今、ソフィの心を蝕んでいる。ヒューマノイドは言ってみれば機械の身体であるがゆえ、明確な寿命が存在しないのだ。そもそもソフィ自体、最初に生まれたのは今から千年前のことだという。人間にとっては気が遠くなるくらいの年月を、ソフィは生きてきたことになるのだ。
こうして身体が大きくなりアスベルと並ぶくらいの身長となった後も、ソフィの身体は老いることも、朽ち果てることもないのだろう。アスベルは今こそ若いままの容姿だが、年月を重ねるごとに老いていくのは確実だ。そのうちソフィを置いて先に逝くであろうことを想像すると、恐ろしさに震えが止まらなくなる。
たまらない気持ちになって、アスベルは立ち尽くしたままのソフィを抱きしめた。ソフィは初め驚いたように目を見開いたが、やがて静かにアスベルの胸に身体を委ねる。
ソフィの身体は見かけ上は成長しているとはいえ、それでも細くて華奢で、力を入れすぎたら壊れてしまいそうなくらい、儚いものに思えた。
――本当に儚いのは、俺の方かもしれないのに。
「ソフィ、俺は」
もう心の中で何度もしたはずの決意を、再び胸に深く刻み付けながら、言葉を発する。
「この命がある限り、お前を守る。お前の傍にいる。お前を抱きしめて、絶対に離さない。それから……もっともっと、お前の笑顔が見られるようにする」
「アスベル」
「こんなこと、俺が言ったって、何の慰めにもならないかもしれないけど……」
若干弱々しさを含んだアスベルの言葉に、ソフィは流れるような薄紫の髪を左右に振って、否定の意を示す。
「わたし、嬉しい。アスベルの隣に居られるだけで嬉しいのに、アスベルがそんなふうに言ってくれて、もっと嬉しい」
アスベルの背に回したソフィの手に、僅かに力がこもる。
「わたしも、ずっと一緒。大好きなアスベルと、いつまでも一緒にいたいの」
「ソフィ」
愛おしくなって、もっと身体を密着させるようにソフィを抱き寄せる。ソフィも嬉しそうに笑いながら、言葉を続けた。
「だって、わたしもアスベルも、教会の前で誓ったよ。永遠に共に生きるって。その約束は……絶対に、なくならないよね?」
数ヶ月前、誓いを捧げた記憶が蘇る。互いに純白の衣装に身を包み、赤い絨毯の上を歩いてきたソフィを抱きしめ、誓いの言葉を交わした後、その桃色の唇にそっと口付けをした。
あの時のソフィの笑顔を、アスベルは決して忘れない。そして互いに交わし合った、永久に残る誓いの言葉も。
「もちろんだよ」
「よかった……!」
心底嬉しそうなソフィの声が、アスベルの心に響き渡る。
アスベルはその誓いを確かなものにするかのように、ソフィの瞳を数秒見つめた後、喜びの刻まれた唇に、そっと口付けを落とした。