炎の絆
プロローグ 受け継いだ『仕事』

 約一年前に起こった、「黄金の太陽現象」。
 全ての灯台でエレメンタルスターと呼ばれる宝玉を解放することによって、アルファ山にその膨大なエネルギー全てが集結し、そのエネルギーが極彩色を放つことからそう呼ばれる。
 伝説とされていたその現象が起こってから、一年。
 アルファ山のふもとにあった村、ハイディアは「黄金の太陽現象」によって全てを破壊し尽くされていた。しかし村人たちの努力により、一年経った今では一つの村として生活が成り立つようになった。
 そして、そのお祝いとして。
 復興したハイディア村で、村人全員が招かれた盛大な会が開かれたのだった。


「かんぱーい!」
 威勢のいい男たちの声に合わせ、集まった村人たちは一斉に乾杯をした。
 次々とコップ同士のぶつかる音が響き渡り、村人たちはコップに注がれた飲み物を口にする。
 その後場は一気に盛り上がり、楽しい会が始まった。
 ある者はテーブルの上に準備されている食事を楽しみ、ある者は知り合いとの会話を楽しみ、その場で踊り出す者もいて、場にいる全員が笑顔を振りまいていた。
 そんなふうにめいめいが楽しい時間を過ごしていた時、突然ハイディア村の村長が用意されていた台の上に上がった。上がった当初は気づかない者も多かったが、村長が咳払いをすると、場の全員が村長の方を向き、静かになった。村長は再び咳払いをし、口を開いた。
「皆、今日までよく頑張ってくれた。こうして再び我らの故郷ハイディアで生活が送れるのは、わしはとても嬉しいぞ」
 村長の笑顔に、思わず安堵のため息をもらす者もいた。
「このような会も開くことができて、また嬉しいことじゃ。今宵はたっぷりと楽しんでいただきたく思う」
 村人の集団の中から歓声が上がった。それにつられて歓声を上げる者がほとんどになったが、村長が咳払いをするとまた場は静まった。
「そこでじゃ。この場を借りて、一つ皆に報告したいことがある」
 村人の注意が集まる中、村長は横を向いて手招きをした。そこで同じ台に上がってきたのは、真っ赤な毛を逆立てていて、がっしりとした体格の青年――村長の孫である、ジェラルドだった。
 彼はウェイアードを救った八英雄と呼ばれる英雄たちの一人である。
 始めは神であるワイズマンの命に従い、エレメンタルスターが灯台で解放されるのを阻止しようと旅を続けていたが、そのうちに逆の立場に移り、最終的にはウェイアード滅亡という危機を救った。
 今でもジェラルドを含めた八英雄の存在は大きく、このことは歴史の一ページを飾る大きな出来事となっている。そのため、村人の中から少数だが歓声が再び上がった。ジェラルドはそんなことにはまだ慣れていないらしく、照れくさそうに頭を掻いた。
 村長は胸を張って、ジェラルドの方を手で示した。
「この度、わしは村長という役目を終え、それを孫のジェラルドに継がせることを決めた」
 一瞬、場には驚きと戸惑いの表情が走った。
 が、その後、割れんばかりの拍手と今まで以上の歓声が飛び交った。
 ジェラルドは現在十八歳。まだまだ若いが、頼りがいがある男だ。それに八英雄の一人でもある。この村に住む人々はジェラルドを昔から知る人々ばかりなので、なおさら彼を信頼し、支持する気持ちは強かった。
 新村長の誕生に、場は先程とは比べものにならないくらいの盛り上がりを見せた。村人全員でジェラルドを胴上げした後、再び自分たちの楽しい時間に戻っていった。
 ジェラルドが嬉しそうな顔をして台を下りていくと、彼の幼なじみたちが寄ってきて、一人ずつからお祝いの言葉を送られた。
「ジェラルド、おめでとう! ジェラルドなら村長にふさわしいと思っていたわ」
「お前ならきっとやれるさ!」
「おめでとう、ジェラルド。期待しているぞ」
 最初の声から、ジャスミン、ロビン、ガルシアと続く。
 三人ともジェラルドの幼なじみであり、ジャスミンとロビンは ジェラルドと同い年、ガルシアは一つ上だ。その上、三人とも八英雄ときている。
 友人たちから温かい言葉をかけられ、ジェラルドは照れくさそうに頭を掻いたが、しかし笑顔で返した。
「ありがとう。俺、ずっと器じゃないって思ってたけど……頑張るよ。よろしくな!」
 村の復興と、新村長の誕生。
 二つもおめでたいことが重なった会は、大きな盛り上がりを見せたまま幕を閉じた。


「ジェラルド、わしの部屋に来てくれるか。話があるのじゃ」
「えっ? いいけど、何の話だ?」
 おめでたい会がお開きになり、ジェラルドと祖父が自宅に戻った頃。
 祖父は神妙な顔つきで、静かにジェラルドを自室に呼んだ。
もう深夜で、こんな夜遅くに何だろうと訝りながらもジェラルドは祖父の部屋に入る。
 祖母は祖父の隣のベッドですっかり寝入っていた。祖父は確認のためだろう、唇の前に指を立てて静かにするよう注意を促し、ジェラルドは軽く頷いた。
 その後二人はソファに腰を下ろし、さっそくじゃが、と祖父は口を開いた。
「ジェラルド……お前を村長に任命したのには、理由がある」
「理由?」
「そうじゃ。わしにもお前の父さんにもできぬことがお前にできると信じ、お前を任命したのじゃ」
「俺にできるって……何がだ?」
 ジェラルドはわけが分からない、という顔をして首を傾げた。
 そんな孫の前で、祖父はとても辛そうな表情を見せた。先程の真剣な顔とは違い、苦渋に歪んでいる。しばらく彼の唇は震えていたが、ついに声を出した。
「……ジェラルド、すまない……わしはこんなことを頼みたくはない。だが村長にはやるべき仕事がある。お前にその、ハイディアを守るための『仕事』を任せたいのじゃ」
「ハイディアを守る仕事って……一体何だ?」
 全く話の意図が見えていないジェラルドは、祖父が辛そうにしながら話すのを聞き、ただただ戸惑うばかりだった。
 しかし、
 その次祖父から発せられた言葉を聞いて――


 ジェラルドは、絶句した。


「――そ、そんな!? そんなことって……」
 ジェラルドは大きく目を見開き、体を震わせた。
 祖父は辛そうな顔をしたまま首を振った。顔を伏せたので、ジェラルドの方からは顔色が窺えなくなった。
「すまぬ、ジェラルド……しかし、誰かがやらねばならぬことなのじゃ。できなければ、お前にもどうなるか分かるじゃろう?」
 祖父の言葉に、ジェラルドは目を伏せ、静かに頷いた。
「こんなことを言った後じゃが、もう一度聞いておきたい。お前には、ハイディアを守りたいという気持ちはあるか?」
 その問いの、一瞬の後。
 今度は、力強く頷いた。
「当たり前だ、じいちゃん。その意思だけは、誰にも負けない自信があるよ」
「……うむ」
 祖父はその返事に重く頷いた。
 ジェラルドはそんな祖父のしわしわな手をぎゅっと握り、口元に力強い笑みを浮かべた。
「大丈夫だよ、じいちゃん。俺はきっとやってみせる。俺を村長に任命してくれたこと、本当に嬉しいと思ってるよ。ありがとな、じいちゃん」
「ああ……本当にすまない、ジェラルド……」
「いいんだ。俺は、何ヶ月かかってもやり遂げてみせる。ハイディア村長として」
 そう答えたジェラルドの目には、己の発する炎と同じ、強い光が宿っていた。


 朝がやって来た。
 いつもと変わらぬ、平和な朝。
 しかしジェラルドにとっては、この朝は特別なものとなる。
 ハイディアを守るため、村長としての『仕事』を遂げるため、ジェラルドは旅に出る決意をした。
 朝の眩しい光を浴びながら、ジェラルドの心はわずかな揺らぎすらもなかった。
 ただ窓の外の一点を見つめて、もう一度呟く。


 ――俺は絶対にやり遂げてみせる、と。
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