炎の絆
エピローグ 絆は永遠に

 ――これは、夢なの?
 ふと気付くと、ジャスミンは真っ暗闇の中にいた。光は全くなく、もちろんのことだが、自分以外の物体も見えない。その暗闇に、ジャスミンは恐怖を覚えていた。
 その恐怖から逃れようとして目を瞑ると、これまでのことが一気にジャスミンの頭の中によみがえってきた。
 ――そう、ジャスミンは、あの時とっさにジェラルドの手を握っていた。ジェラルドの身に注がれた力を、今度は自分の体内に流れるようにするために。そうして今度は、自分の中に注ぎ込まれた力を大地に向けた。自分の生まれ故郷であるハイディア村に、力を与えるための礎を築くために。
 そして、眩い光が二人を包み――。
「そっか、そうなんだ……」
 全てを思い出したジャスミンはふっと笑って、唇だけを静かに動かした。
“私は、きっと死んだんだ”
 この暗闇は、死後の世界というものなのだろう。そう思って納得したジャスミンは、今度はジェラルドのことを考えた。
 あの時一緒にいたジェラルドが今、どうしているかは分からない。結局ジャスミンのしたことは無駄なことで、ジェラルドが言った通り両方が死んでしまうという、最悪の結果になっているかもしれない。しかし、ジャスミンがこうして犠牲になることで、ジェラルドだけは生を得た可能性もある。ジェラルドが生きているならそれでいいわ、と呟き、ジャスミンは再び笑った。
 その時だった。
 ――ジャスミン! 目を開けろ!
「えっ?」
 今、この暗闇の中で声が響いた気がした。
 そう思ってジャスミンは耳を澄ませてみるが、既にその声は聞こえない。もしかしたら空耳だったのかも知れない、ジャスミンがそう思い始めたとき、
 ――ジャスミン、ジャスミン! 起きてください!
 再び、声が響いた。
「誰……?」
 ジャスミンは声の主が全くわからず、混乱し始めた。自分の名を呼んでいる、それだけは分かったが、それ以外の手がかりが全くない。暗闇の中を何度見渡しても自分以外の人の姿は見られないし、本当に誰なのか見当もつかない。
「誰なの?」
 再び疑問の言葉を呟いた途端、ジャスミンが向いている前の方に横一直線の光が差した。あまりに突然のことで、ジャスミンは思わず驚きの声を上げた。
「な、何、これは?」
 思わぬ光の出現に、ジャスミンはうろたえる。だがこうして光が差したことで、心を覆っていた怖さがさっと引いていった。それと呼応するように、一筋の光もだんだんと膨らんでいく。
 ジャスミンは安心してほっと息をついた後、何かに導かれるように、ジャスミンはその光の方へと歩み寄っていた。ためらうことは何もなかった。
 ――ジャスミン! ジャスミン!
 その声は、確かに光の方から聞こえ――


「ジャスミン! 良かった」
 ジャスミンの目の前に、見慣れたある一人の人物の顔が現れた。
「にい……さん?」
 ジャスミンがそう言うと、その人物はゆっくりと頷いた。その後、今度は横から別の見慣れた顔が現れた。
「ジャスミン、目を覚ましたんですね!」
「イワン……?」
 ジャスミンは二人の姿を確認し、はっと一気に目を見開いた。
 それは確かに、ジャスミンの兄ガルシアとイワンの姿だった。
 ジャスミンはそれを確認してからゆっくりと上半身を起こし、まだぼんやりとしている頭をなんとか働かせ、ここがどこであるのか確かめようとする。ゆっくりと辺りを見回すと、そこには見慣れた風景があった。ジャスミンの故郷ハイディアの姿が、そっくりそのまま映っていた。
「私は? 私は、生きているの?」
「何を言っているんだ。お前はこうして生きているだろう」
 兄の落ち着いた声は、ジャスミンの心の中に新たな安心を生んだ。ジャスミンを閉じ込めていたあの暗闇は、死後の世界などではなかったのだ。ジャスミンはもう一度確認するため、頬をぎゅっとつねってみる。そこには確かに感覚があり、ジャスミンは思わず痛い、と声を出していた。
「夢じゃないぞ、ジャスミン」
 はっとして横を見ると、ガルシアが苦笑していた。そこで、自分が今やったことが端から見ればおかしな行動であったことに気付き、ジャスミンは赤面した。
 ガルシアはその後、苦笑を微笑に変えて言った。
「ともかく、生きていて本当に良かった。お前がここで倒れていた時には、心臓が止まるかと思ったぞ」
 イワンもガルシアの言葉に頷いた。
「本当ですね。体内からほとんどのエナジーの力が抜けていましたから、どうしようかと……」
「エナジーの力が?」
 イワンの言葉に疑問を持ったジャスミンは、二人に問う。イワンは頷いた。
「ええ。ほとんど空っぽの状態でした。僕の風の力では相性が良くないかもしれませんから、ガルシアがジャスミンにエナジーを分けたんです」
 ジャスミンがガルシアに視線を移すと、ガルシアはそうだ、と頷いた。今改めて兄の顔を覗くと、よくよく見ないと分からない程度ではあったが、汗がにじみ出ているのが見えた。その汗に必死さが見えたような気がして、ジャスミンは心配をかけて申し訳ない思いもある反面、自分のために一生懸命になってくれた二人の思いに、心が温かくなった。
 やっと頭もすっきりし、起きたときに残っていた体のだるさも抜けたところで、ジャスミンは急にジェラルドのことを思い出した。ジェラルドの姿が見あたらないが、彼は一体どうしているのだろうか。そう疑問に思ったジャスミンは何気なしに、二人に向かってこう尋ねた。
「そういえば、ジェラルドは? ジェラルドはどこなの?」
 その瞬間、二人の笑顔が凍り付いた。
 視線を合わせ、困惑している様子の二人を見て、ジャスミンの心臓は早鐘のように鳴った。その心の動揺を隠すかのように、ジャスミンは二人に詰め寄った。
「ねえ、ジェラルドは? ジェラルドはどうしたの!?」
「……ジャスミン、よく聞いて欲しい」
 兄の静かな声に、絶望を浮かべたその表情に、ジャスミンは心を何者かに喰われてしまうような感覚に襲われた。兄は次の言葉を発するまでに苦しそうな顔を見せて唸っていたが、やっと口を開いた。
「ジェラルドは、死んだ」
 ジャスミンの体は、完全に凍り付いた。
 絶対に、あって欲しくなかったこと。そう、絶対に、あってはならなかったこと。
「ジェラルドが……死んだ?」
 ジャスミンは兄の言葉をそのまま繰り返した。自分が最後したことは、無駄なことだったというのか。結局自分は助かり、ジェラルドは死んだではないか。
「違う、そんなの、そんなの……」
 私が望んだことじゃない。
 そう続けようとして、声が涙に遮られる。ガルシアはそんなジャスミンを見て辛そうな表情を見せながら、続けた。
「ジャスミン、見ろ。あれがジェラルドの作った“礎”だ」
 ガルシアが指差した方を見ると、そこには巨大なエナジーストーンが広場の真ん中に置かれていた。それはかつてハイディア村にあったものと、ほぼ同じものだった。
「あれが“礎”……」
 あれが、ジェラルドが作ろうとしていたもの。ジェラルドの犠牲の上に成り立っているもの。
 犠牲という言葉を思った瞬間、ジャスミンは震えた。次第に視界がぼやけ、すぐ後に頬に涙が伝った。嗚咽とともに、ジャスミンは咳を繰り返した。
 何か言おうと思っているのに、言葉が喉から出てこない。声を出そうと思うと、その度に嗚咽か咳が喉を襲うのだった。そのもどかしさに、ただジャスミンは悲しくなった。
「ジャスミン、落ち着けというのは無理な話かもしれないが……とにかく、落ち着いて聞いてくれ」
 涙を流し続けるジャスミンに、再び兄の声がかかった。ジャスミンはほとんど機械的に頷いた。
「ジェラルドは、俺が連絡して彼の家に引き取ってもらっている。もし、お前にその意志があるのならばだが、ジェラルドの家に行くか?」
 冷たくなってしまったジェラルドの姿なんて見たくない、それが今のジャスミンの本音だった。しかしここにいて泣き続けていても、何も変わらない。ジャスミンはわずかに残っていた勇気を奮い立たせ、ガルシアに向かって無言で頷いた。同時に涙が一筋、ジャスミンの頬を伝った。
 ガルシアはジャスミンに頷き、今度はイワンの方を向いて頷くと、イワンはそれに応え、立ち上がった。ガルシアはジャスミンに立てるかと訊き、ジャスミンは微かに首を振って立ち上がった。そうして三人は、ジェラルドの家へ向かった。


 ジェラルドの家の前で、まずガルシアが家のドアを叩くと、中からジェラルドの母親が顔を出した。ジャスミンは涙を拭い、彼女の顔を見た。彼女は目を真っ赤に泣きはらしており、ガルシアが用件を言うのも無言で頷いていた。元気な人だった彼女がこんなにも沈んでいる様子を、ジャスミンは初めて見た。
 そうしてジェラルドの母親に案内されたのは、二階にあるジェラルドの部屋である。彼女はその扉を開けるのをあまりにも辛そうにしていたので、ガルシアは後は俺たちが、と言って彼女を帰らせた。ガルシアはジャスミンの肩を抱きながら、扉を開けた。
 部屋にあるベッドの上に、眠るようにしてジェラルドが横たわっていた。
 ジャスミンははっとして、慌てて涙をぬぐった。ジェラルドの姿がはっきりと視界の中に入ってくる。三人はベッドのそばまで行き、ジェラルドの顔を見た。
 彼の顔は、寝顔のように安らかだった。
「ジャスミン……」
 気遣うように発せられたガルシアの声に動かされるようにして、ジャスミンはベッドの前で膝をついた。そしてベッドからはみ出た彼の右手を、ぎゅっと握った。
「ジェラルド、ジェラルド……」
 何かを求めているかのように発せられた、ジャスミンの声。
すぐ後で背後にいたイワンの嗚咽と、すみません、と謝る声が聞こえてきた。彼も泣いているらしかった。
 ジャスミンはしばらくジェラルドの手を握りながら、涙を流し続けた。背後ではイワンの嗚咽と、ガルシアの咳払い――おそらく涙を隠そうとしていたのだろう――が何度も聞こえた。
 どのくらいの時間が経ったのか、その感覚もなくなった頃、突然部屋の扉が音を立てて開いた。三人はびくりと肩を震わせ、同時に扉の方を振り返った。
 そこには前ハイディア村長――ジェラルドの祖父が、立っていた。
「ジャスミン、ガルシア、そして、イワン君。よく来てくれたのう」
 三人は俯いた。彼は頷き、言葉を続けた。
「実は、お前さんたちに話していなかったことがあるのじゃ」
「なんでしょうか?」
 ガルシアがそれに答え、ジェラルドの祖父は頷いた。そして、信じられない事を口にした。
「ジェラルドは、まだ生きておる」
「な、なんですって?」
「そんな、まさか……」
 イワン、ジャスミンの順で、二人は驚きを口にした。ガルシアも目を見開き、驚きの表情をしていた。ジェラルドの祖父はうむ、と言って続けた。
「ガルシアとイワン君は、ジェラルドの状態を見て、もう息はないと判断したようじゃが」
「ええ、脈もありませんでしたし、彼の中のエナジーの気配も感じませんでしたから……」
 イワンがそう言うと、ジェラルドの祖父は首を横に振った。
「しかし、違ったのじゃ。確かにあの時は脈も息もなかった。しかし、まだジェラルドの中にエナジーは残っていたのじゃ。そしてそのわずかなエナジーによって今、ジェラルドの心臓は確かに動いておる」
「そんな、僕は、確かに……」
「そうです、村長。俺も確認しましたから、間違いありません」
 二人ともが自分たちの判断が疑われたことに対し、首を振ってそれを否定した。するとジェラルドの祖父は、またも首を振った。
「お前さんたちの判断を、疑っておるわけではない」
 そう言いながら彼は部屋の中に入り、ジャスミンの横に立ってジェラルドを見下ろした。
「ここに運び込まれた時には、わしもその判断を全く疑っておらんかった」
「ということは、どういうことなのです?」
「ここに来てから、息を吹き返した、ということか。いや、その表現は正しくないかもしれん。正確には、ジェラルドの中にわずかに残っていたエナジーが、ジェラルドの体内で活動を開始した、と言えば良いのじゃろうな」
「エナジーが、再び息を吹き返した?」
 イワンは目を丸くし、信じられないと言ったふうに首を振った。
「エナジーはエナジストにとって、生きる活力の源。それが動き始めたのじゃから、生きている、と表現しても、差し支えはないじゃろうな」
「じゃあ、ジェラルドは……本当に生きているのですか?」
 今まで黙っていたジャスミンが口を開き、彼に向かってそう訊いた。彼は頷き、その後でため息をついた。
「そうじゃ。しかし、このままでは動く事はおろか、目を覚ます事さえないじゃろうな。それだけの量を自力で溜めるには、とてつもない時間が要る。それほどまでに、ジェラルドの中に残っているエナジーは、ごくわずかなものなのじゃ」
「そんな……」
 それでは、生きていないのと同じではないか。ジャスミンは再び絶望してしまいそうになった。それはジャスミンが望む“彼が生きている”という状態には、程遠い。むしろ、今の状態はジャスミンの中では死と同然である。
 しかし、もしかしたらそんな望みは贅沢なものなのかもしれないと思って、ジャスミンは口には出さなかった。昔の文献には、この役目を果たした者は必ず亡くなることになっていたのだから、生きているだけでもありがたいことなのかもしれないと、そう思ったのだ。
 考えを巡らせながらも唇を震わせたままのジャスミンを見て、ジェラルドの祖父は言った。
「しかしじゃ。一つだけ、ジェラルドが目を覚まし、以前と同じ生活を送ることができるようになる方法がある」
 場にいた三人ともが、一斉にジェラルドの祖父を見た。ジャスミンは震えた唇をこじ開け、言葉を絞り出すようにして発した。
「そ、それは……何なのですか?」
「それがじゃ、ジャスミン」
 祖父は一度言葉を切り、ふっと息をついてから続けた。
「お前さんにとっては思いがけないことかもしれないし、もしかしたら受け入れがたいことかもしれん。お前さんの両親も、それで何と言うか、わしには分からん。そこでじゃ、一つ、訊いてもよいかの?」
「は、はい」
 ジェラルドの祖父の、慎重に言葉を選んでいるかのような言動に、ジャスミンは緊張しつつも頷いた。彼は再び言葉を選んでいる様子だったが、ついに口を開いた。
「お前さんは、ジェラルドと人生を共に歩む、その覚悟があるかの?」
 思いがけない質問だった。ジャスミンは驚きのあまり、ぽかんと口を開けてしまった。
「それは、ジェラルドと人生を共に歩むということは、つまり……」
 ジャスミンの代わりにガルシアが聞き返すと、彼は頷いた。
「そうじゃ、その、驚くのも無理はないと思うが」
 ジェラルドの祖父は珍しく言葉を濁した。その場にいた三人ともが、その意味に気づいていた。つまりジェラルドの祖父はジャスミンに対し、ジェラルドと結婚し夫婦となる覚悟があるかどうか、それを問うていたのである。
「何故それと、ジェラルドの命を救うことと関係があるのですか?」
 ガルシアがやや厳しい口調で尋ねると、ジェラルドの祖父はうむ、と唸った。
「ガルシア、イワン君、お前さんたちは確か、ジェラルドはジャスミンと手を繋いだ状態で倒れていたと、そう言ったな?」
「ええ、間違いありません」
 今度はイワンが答え、ジェラルドの祖父はその答えを確認すると、今度はジャスミンの方を向いた。
「ジャスミン、間違いないのだな?」
「はい。私、どうにかしてジェラルドを助けようと思いました。ジェラルドの手を握ることで、彼の体内にある膨大な量のエナジーが私の体に注がれ、少しでも彼の負担を減らせればと、そう思ったんです。ですが――」
 更に何かを続けようと思って口を開いたが言葉が見つからず、ジャスミンは口を閉ざした。ジェラルドの祖父はそれを追及することなく、うむと唸って口を開いた。
「ジャスミン、お前さんの思惑は外れていなかったようじゃ。だからこそ、ジェラルドは命を長らえれることができた。そこはお前さんに感謝せねばならんのう」
 はい、とジャスミンは答えたが、感謝されたことを喜ぶどころではなかった。早く続きが聞きたくて仕方がなかった。ジェラルドの祖父はそれを汲み取ったのか、それ以上その話題に触れることなく話を続けた。
「しかしジェラルドはご覧の通り、生きていると言ってもあの状態じゃ。あのまま放っておけば、エナジーが体内に溜まる前に死ぬ事になってしまうかもしれん。そこでじゃ、ジャスミン。お前さんを通して、ジェラルドにエナジーを受け渡し、ジェラルドの体をエナジーで満たして欲しいのじゃ」
「私のエナジーを、ジェラルドに渡すのですか?」
「そのまま渡すわけではない。村の広場に、ジェラルドの作った礎があるじゃろう。そう、あのエナジーストーンじゃ」
 ジャスミンは思い出した。陽を受けて輝いていた、あの巨大なものを。ジェラルドの犠牲の上に成り立っていた、あのエナジーストーンを。
「あれにまず、ジャスミンの手をつける。そうすればジャスミンの体内に、エナジーが溜まっていく。そうして今度はジェラルドの手を握り、ジェラルドの体内にエナジーを巡らせるのじゃ」
「どうして、そのような面倒な事を?」
 今度はガルシアが尋ねた。
「今、お前さんたちの中に巡っているのは、表現の仕方が悪いかもしれんが“生きている”エナジーじゃ。血のように全身を駆けめぐっておる。しかし、エナジーストーンから得られるのは、少々動きの悪いエナジーなのじゃ。健全な、そう、お前さんたちのようなエナジストならば、その動きの悪いエナジーを体内に取り込んでも、それをあっという間に体に馴染ませてしまうことができるのじゃが、一度肉体が崩壊してしまうほどの打撃を受けたジェラルドの体内では、おそらくそれが難しいと思うのじゃ」
「それで、ジャスミンの体内を通したよく流れるエナジーをジェラルドの体内に通せば、彼の体の中にも馴染んで、生きる活力を得られるようになる、というわけですね」
 イワンがその後を引き取り、ジェラルドの祖父はそうじゃ、と頷いた。
「おそらくジェラルドのエナジーがなくなる度にそれを続けなければ、ジェラルドは息絶えてしまうじゃろう。そうなるタイミングはわしにも分からんから、そうしてエナジーを通せる者が常に寄り添う必要がある。それにジャスミン、お前さんを選んだのは、お前さんがジェラルドと同じ、火のエナジストであるということもある。他のエナジスト同士でもできなくはないだろうが、抵抗なくその行為ができるのは、やはり同属性のエナジスト同士じゃろうからな」
「私が……」
 ジャスミンはそう言ったきり、口をつぐんだ。信じられないような話だったが、今までずっと信じられないような話を聞かされ続けてきたのだから、今度も信じられるような気がした。それに、この状況では、それを信じて実行する他はないだろう。ジャスミンたちが他の方法を知っているわけではないのだから。
 でも、とジャスミンは言った。一つだけ引っかかっている事があった。
「その、私が……本当にジェラルドと結婚してもいいのでしょうか。彼がもし、私と結婚したことを後悔したとしたら……」
「ああ、それには心配は及ばん」
 ジェラルドの祖父は、笑顔を見せた。
「こやつは、どうやらジャスミンのことが好きらしくての。旅に出る前も、お前さんのことについて随分悩んでいるようだった。お前さんと永遠に別れてしまうことになるのを、ずっと悲しんでいたようじゃ。だから、心配ない」
「そうだよ、ジャスミン」
 今度はガルシアが、笑みを見せながらジャスミンの肩を叩いた。
「ジェラルドは、ずっと前からお前のことが気になっている様子だったぞ。なあ、イワン?」
「ええ」
 次はまたしても笑顔になったイワンが引き継いだ。
「旅の間、ずっとジャスミンのことを気にしていましたよ。僕たちがガルシアやジャスミンたちと敵対していた頃もです。その後はジャスミンと再び出会えて、随分喜んでいるようでしたしね」
「ジェラルドが、私を……」
 思いがけないことだった。
 自分のその思いをいつかは口にしようと思っていたけれど、とうとうそれは叶わなかった。もちろん、彼が自分への思いを口にしてくれることもなかった。だから、ずっと片思いだと思っていたのだ。
 ジェラルドの祖父が再び口を開いた。
「そうじゃ。だから、後はお前さんの思いがどうなのか、それが聞きたい」
 そう問われてから、ジャスミンはしっかりと、自分を見つめてくる三つの視線に対して視線を返した。しばらく、四人は無言だった。
 そして次に口を開いたのは、笑顔のまま、一筋の涙を頬に伝わせたジャスミンだった。
「私は、聞きたい」
 涙声になっていることに気づきながら、ジャスミンは言葉を続ける。
「ジェラルドの口から、ジェラルドの本当の想いを聞きたい」
 それはずっと思っていたことなのに、口に出していなかったこと。
「私も、ジェラルドに私の想いを伝えたい」
 それはずっと思っていた事なのに、口に出せなかったこと。
 そしてその二つが叶うのは、ジェラルドが意識を取り戻した時のみ。
 だから、ジャスミンは心に決めた。
「私は、ジェラルドと一緒に生きます」
 固くて、強い思い。


 いつもは穏やかなハイディア村が、今日に限ってお祭り騒ぎだった。
 村の人々が一斉に広場に集まり、誰もがうきうきとした気分でこれからの行事の準備を行っている。
 それもそのはず、今日は村長の結婚式なのだ。
 結婚することが発表されたのは、つい先日のこと。村人たちは皆驚いたが、めでたいことだと言い、すぐに結婚式を執り行えるよう、聞かされたその日から準備を始めたのだ。
 準備が完了した後、晴天の下で二人の厳かな結婚式が行われ、その後は村人皆が参加するパーティとなった。そのパーティには、村長夫婦が共に旅をした仲間たち全員が、彼らを祝福するためにはるばるハイディアへとやって来ていた。
「おめでとう、ジェラルド、ジャスミン! 俺たちより先なんてな、想像もしなかったぞ」
 二人の幼なじみであるロビンが笑いながら、二人を冷やかすように小突いた。
「私はきっと、貴方達が結婚すると思っていましたわ。お幸せに」
 メアリィは穏やかな笑みを浮かべ、二人に向かって頭を下げた。
「本当におめでとうございます、二人とも。幸せになってくださいね」
 イワンは二人に花束を贈り、手を叩いて祝福していた。
「まだ信じられないけど、おめでとう。幸せになってね、二人とも」
 シバもくすくすと笑いつつ、二人の結婚を喜んでいる様子だった。
「新婚旅行には、是非レムリアにも来てくださいね。二人なら歓迎しますよ」
 ピカードは笑顔でそう言って、二人に握手を求めていた。
「ジャスミン、本当におめでとう。ジェラルド、妹をよろしく頼む」
 ガルシアは二人を見守るようにして、そう言った。
 それに応え、新郎新婦であるジェラルドとジャスミンが、照れるように笑いながら、言葉を返した。
「みんな、本当にありがとうな。来てくれて嬉しいよ」
「ありがとう。私、本当に幸せよ」
 仲間たちと久々に言葉を交わしながら、幸せな時間は過ぎていった。それもあっという間で、全員が長くこの場にいられないことを悔しがったくらいであった。
 パーティもそろそろお開きになろうというところで、前村長であるジェラルドの祖父が壇上に上がった。村人たちが注目する中、ジェラルドの祖父は笑みを浮かべながら口を開いた。
「まだ、最後の儀式が残っておる。二人の誓いの儀式じゃ」
 その声がかかったのを合図に、今日の主役である二人は笑みを見せつつ、人々の間を縫うようにして歩いていき、村の広場にあるエナジーストーンの前に立った。立った瞬間、ジェラルドの祖父が再び声を出した。
「さあ、二人とも。誓いの儀式じゃ!」
 その祖父の声に合わせて、ジェラルドとジャスミンはお互いに手を繋ぎ、繋いでいない方の手を、ゆっくりとエナジーストーンの方にやった。その瞬間、きらりとエナジーストーンが光った。村人たちがおお、と一斉に声を上げた。
 エナジーストーンが光った瞬間、二人の間は、確かにエナジーで繋がれていた。出席した者全員がエナジストだったため、二人の間のエナジーの流れは誰の目にもはっきりと映った。
「あれが、二人の誓いの証じゃ」
 前村長がそう言うと、村人たちの中から大きな歓声が上がった。
 儀式を終え、ジェラルドとジャスミンが村人たちの方を振り返ると、村人たちは二人の方へどっと押し寄せていた。驚く間もなく、二人は村人たちに担がれ、人々から結婚を祝福されていた。


 二人を繋ぐ、固く強い炎の絆。
 それは二人が生き続けている限り、いつまでも二人を繋ぎ続けるのだ。
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