間違ったクラリネットの使い方

 冬海が練習室で、いつものようにクラリネットの練習をしている時のことだった。
 冬海は一人ではなかった。そこにはピアノの前に座った土浦がいて、冬海の練習曲に伴奏を付けてくれていた。
 冬海の柔らかで繊細なクラリネットの響きに、土浦の情熱的なピアノの音が合わさり、美しい調和を生み出していた。冬海は演奏しながら、生み出された音たちに心惹かれ、自然と目を閉じていた。
 こうして自分のクラリネットと土浦のピアノの音色を合わせられる日が来るなんて、思いもしなかった。それまで、日野に誘われて一緒にアンサンブルに参加したことはあるものの、決して二人きりというシチュエーションになったことはなかった。
 学内コンクールや様々なコンサートの参加経験を経て、冬海は土浦の指から生み出される、情熱的でやや愁いを含んだ音色に惹かれるようになっていた。それは、普段の彼からは想像も出来ない音色だった。もっと、土浦の音を聞きたい。そう思った時、冬海は彼に恋していたことを知った。
 今でも信じられない。土浦はその思いを受け入れてくれて、冬海と一緒に二人きりで練習してくれるようにもなったのだ。冬海はいつも幸せな思いを噛みしめながら、クラリネットを吹いていた。
 演奏していた曲が終わったとき、クラリネットを口から離すと、土浦の視線がじっとこちらに向いていたことに気が付いた。逸らしようもないくらい、土浦はじっと冬海の顔を見つめていた。
 冬海は思わず赤面した。
「あ、あの……?」
「冬海、もう一回クラリネット、咥えてくれないか」
「え? あ、は、はい」
 意図の読めない土浦の要求に内心やや首を傾げつつも、冬海は言われたとおりに咥えた。すると土浦が、ふう、と大きな息をついて、思いがけないことを口にした。
「その咥え方……なんか、変だな」
「え……?」
 冬海が戸惑った表情になると、土浦は椅子から立ち上がった。そして冬海の顔を覗き込むような体勢をとった。冬海の心臓が跳ね上がった。
「もっと、大きく口を開けろ」
「せ、先輩……?」
「いいから」
 その言葉には、やや強制的なニュアンスが混じっていた。冬海は慌てて、口をできるだけ広く開けた。
「こ、こう、ですか?」
「そう。それで、クラリネット、舐めてみろ」
「えっ? な、舐める……?」
「舌、使えるだろ。こうやって」
 土浦が口から舌を出して、下から上へ舐める動作をした。冬海はされた通りに、おそるおそる舌を出し、クラリネットのマウスピースの先を、ちろ、と舐めた。すると土浦が首を横に振った。
「違うな。もっと、下の方から上へ」
 冬海はもう少し舌を出し、下から上へとぎこちなく動かした。クラリネットを持つ両手が震えた。土浦がじっと覗き込んでくるせいで、この上なく緊張していた。
 これでいいのだろうかと冬海が土浦を見たとき、土浦は厳しい顔をして、またも首を横に振った。
「ダメだ。こうするんだよ」
 土浦の顔が急接近してきて、そのまま首筋を土浦の舌で舐められた。冬海はびくんと身体を震わせた。舌の触れた部分が熱い。その熱さが身体にじわじわと染みこんでいくのを感じて、冬海は身体を強張らせた。
「怖いのか?」
 土浦に耳元で囁かれ、冬海の身体はまたも震えた。言葉が出てこなかった。身体を強張らせたままでいると、土浦は今度、囁いたばかりの耳を舐めてきた。
「や……」
 思わず声が出た。直後、土浦が耳元で微かに笑う声が響いた。
「気持ちいいのか?」
 土浦の舌が動く。耳のふち、耳たぶ、耳の内側……ただ耳を舐められているだけなのに、とてもいけないことをしているような気がした。唾液の滴る場所に息を吹きかけられて、冬海はたまらず声を洩らす。
「ぁ……」
 その微かな声も、至近距離にいられては、聞き逃してもらえるはずもない。土浦の笑い声が少しばかり深まった。
「こうするんだ、分かったか?」
 笑い混じりの声が、土浦の唾液に染められた耳へ届く。冬海はその声に動かされるように、無意識にこくりと頷いていた。それを確認すると、土浦は冬海が持ったままのクラリネットを掴み、冬海の口へ持っていった。
「同じようにするんだ」
 言われるままに震える舌を近づけ、冬海はそれを舐めた。
「ん……っ」
 息が洩れる。舌がマウスピースを滑っていく感覚は、今まで体験したことのないものだった。当然だろう、マウスピースは咥えるものであって、舐めるためのものではないのだ。
 土浦に見つめられる中、冬海は何度も何度もクラリネットを舐めた。舌が疲れてきて、動かなくなったとき、冬海は助けを求めるように土浦を見た。すると土浦は、もういいというように頷き、冬海から離れた。
「嫌だったか」
 そんなことを、終わってから尋ねてきた。冬海は頷くわけにもいかずに戸惑った視線を向けると、土浦が言い訳するように言った。
「なんか、お前がそれ咥えてるの見たら、変な気分になってきて」
「えっ……?」
「お前がそれを舐めたら、どうなるのかと思ってな。つい、やらせてしまった。悪い」
 冬海はふるふると首を横に振った。事実、土浦に対して怒りなどの感情は全く湧いていなかった。ただ、何を思って土浦がそうさせたのかという疑問の方が大きかった。
 土浦は再び冬海の方へ近づいてきて、冬海の身体をクラリネットごと抱きしめた。
「なあ、冬海。だったらもう少し、許してくれるか?」
「あ、あの……?」
「お前を見ていたら、我慢ができなくなった」
 土浦は冬海の身体を離すと、冬海の手に握られているクラリネットを掴み取り、そっと床へ置いた。
 冬海が戸惑う間もないまま、土浦は再び冬海の耳元に顔を寄せ、耳の裏を唾液滴る舌でゆっくりと舐めた。電流が走ったように、冬海の身体が震えた。じんわりと、身体の芯が熱くなる。今まで味わったことのない感覚が、身体の中を駆け抜けていく。
 そうしている間に土浦の手が伸びてきて、制服の上から冬海の胸をやんわりと掴んだ。
「あっ……」
 またも未知の感覚が訪れて、冬海の口から声が洩れる。土浦の人差し指が、ぴんと胸の突起を弾いた。
「ひぁっ……」
 小さな電気が弾けて流れ込んだ。
 土浦の指が巧みに動いて、冬海の胸を刺激していく。普段からピアノを弾いている、大きな手だ。
 土浦と初めて手を繋いだとき、その大きさに驚き、心臓の鼓動が大きくなったのを覚えている。自分とは明らかに違うその手に、冬海は惹かれていた。その手が、今は冬海の胸を責めている。
「あ……つち、うら、せんぱ……」
 いつの間にか真正面にあった土浦の顔が迫ってきて、冬海の唇を塞いだ。先程耳を舐めていた舌が、冬海の口内に侵入する。驚いて冬海が舌を伸ばすと、あっという間に絡め取られてしまった。
 唾液の糸が溶けたチーズのように引いて、落ちた。
 濃厚なキスの間に、土浦の手は胸を離れ、腹を通り、スカートの中へと侵入していた。下着の上から敏感な場所に触れられた時、驚いて、身体を飛び上がらせてしまった。
「きゃ……!」
 それでも土浦から逃れることはできず、土浦の指は構わずに冬海の恥丘をなぞる。今まで誰にも触れられたことのない場所に触れられて、冬海の身体はびくびくと震えた。
「やぁ……だ、だめ……です……あぁっ……」
「何がダメなんだ? こんなに濡れてるのに」
 冬海はしきりに首を振るのに、土浦は意地悪な言葉しか返してくれない。
 ついに指が下着の横をまさぐり、中へと入ってきた。直接その場所に触れられて、冬海の身体がきゅうと強張る。土浦の指摘したとおり、その場所がどうしようもなく濡れているのが冬海にも分かった。だが、どうやって止めればいいのか、全く分からなかった。
「や……だめ、あぁ……」
 冬海は首を振った。このまま続けているとどうにかなりそうだった。
「やめるか? 嫌なら」
 なおも首を振り続けていると、土浦が突然動かしていた指を止めた。途端に、明かりがふっと消えたように、冬海の敏感な場所の刺激もなくなった。
 冬海はきゅうと胸を締め付けられるような感覚がした。寂しい。ふと、そう思ってしまった。同時に、土浦が冬海に与えていたものは、苦痛ではなく快感だと知った。
 自分が本当に嫌だったのは、土浦の指がその場所で動くことではなかったのだ。
「つ、ちうら、せんぱい……」
「何だ?」
「あ、あの……わたし……」
 土浦の顔を見上げながら、目に一杯涙が溜まっているのを自覚する。ぐっと涙を堪えて、冬海は言葉を続けた。
「い、いやじゃ……いやじゃ、な、ないです……」
 土浦の目が大きく見開いた。直後、冬海の下着の中に潜っていた土浦の指が、微かに動く。それだけのことなのに、冬海の身体は敏感に反応してしまった。
「や、ぁっ……」
「そんなに、して欲しかったのか?」
 土浦の指が、冬海の感じる場所を探り当てるようにして動く。
「あ、つ、つちうら、せんぱ、あぁっ……」
 冬海の腰ががくがくと揺れ始めた。土浦はそれに応じるように指を動かし、冬海の小さな花弁を責め立てる。冬海は自然と足を開き、土浦の指を迎え入れるようにしていた。溜まらなく、気持ちよかった。こんなに気持ちいいと思ったことは、今までなかった。
「すげえな、お前、こんなに濡れてる……」
「やぁん……あぁぁぁっ……!」
 土浦に花弁を指の腹で強く押された時、冬海の身体が跳ね上がった。下半身をいじめていた電流が頭に向かって走り抜け、そのまま飛び出していったような感覚がした。
 冬海は荒く息を吐いて、切なげに土浦を見つめた。目が涙で潤んでいたせいで、土浦の顔がぼやけて見えた。


「次は、俺にもしてくれよ」
 土浦の新たな要求に、冬海はやや身体を強張らせた。どうすればいいのか分からなかったからだ。微かに首を傾げると、土浦はピアノの椅子に座り、冬海をその前に立たせた。
 土浦は座ったままズボンのチャックを下ろすと、そのいきり立ったものを解放した。
 ズボンの中から突然現れたそのものに驚き、冬海は思わずひ、と悲鳴を洩らした。男性器を見た経験などもちろんない冬海に、それは恐怖の対象として映ったのだ。
「そんな、怖がらないでくれよ」
 土浦が伸ばしてきた手を、冬海は恐怖に耐えるようにぎゅっと握りしめる。これから一体、何をするというのだろう。疑問を瞳に宿らせていると、土浦は言った。
「さっき、クラリネット、舐めただろ」
 冬海がこくりと頷くと、土浦は冬海の手を自分の男性器に重ねた。
「それと同じように……舐められるか?」
 冬海は思わず目を見開いた。それが土浦の要求――
 正直なところ、怖くて仕方がなかった。だが、やるしかない。先程、冬海は存分に土浦に快感を与えてもらったのだ。この行為が、そのお返しとなるならば。
 冬海はゆっくりと腰を落とし、土浦の反り返った一物に微かに口を付けた。やはりそれは、クラリネットとは違った。戸惑いながら、冬海はゆっくりと舌を伸ばしていた。
 ちろと舐めると、うっ、という、唸るような土浦の声が降ってきた。心配になって、冬海は思わず顔を上げる。
「あ、あの……先輩、大丈夫ですか……?」
「あ、ああ、平気だ。続けてくれ」
「は、はい……」
 再び視線をその男性器に戻し、冬海は顔を近づける。クラリネットでしたこと。冬海は舌を出して、下から上へ、それを舐め上げた。
「くっ……」
 舌をくっと出して、下から上へ。冬海の唾液が、土浦のそれに乗って滑り落ちていく。舌を動かしながら、こっそりと視線を上にやると、土浦の顔が歪んでいた。
「っ……ふゆ、うみ……」
 苦しそうな声で、名前を呼ばれる。けれどそれが本当に苦しそうだとは思えなかった。
 冬海が土浦にしてもらったことが苦痛でなかったように、土浦ももしかしたら――冬海は、そう考えたのだ。
 冬海が舌にやや力を入れて舐めると、土浦の身体がやや動いた。
「う……っ」
 唸るような声。だが、それが快感の印であることを、冬海は本能的に感じ取っていた。
 土浦が、自分の行為で快感を覚えてくれている。それが嬉しいと、冬海はほのかに温かい感情を抱いた。
 だから、舌を動かした。血管の浮き出た筋をなぞるように舌を動かし、汁の溢れだした先端に口を付けることも厭わなかった。そのたびに土浦は快感の声を洩らし、冬海は自分の身体さえ、気持ちよくなっていくのを感じていた。
 ――土浦先輩が、気持ちよくなるなら……
 反応を見ていて、土浦が特に感じると思われる場所を舐めた、その時だった。
「冬海、ちょっと、待――」
 土浦がそう言って、冬海の肩を力一杯に掴んだ。
 だが驚いて引く間もなく、土浦の男性器がどくどくと脈打ち、熱の塊を吐き出した。
 土浦が強く冬海を突き飛ばそうとしたが間に合わず、真正面にあった冬海の顔にかかった。その白濁液は冬海の顔を伝ってぽたぽたと落ち、制服を汚していった。


 ようやく収まったとき、土浦は身体を起こし、冬海に申し訳なさそうに謝罪した。
「悪い、間に合わなかった……これで拭いてくれ」
 冬海はそっと顔にかかった白濁液を拭うと、土浦がブレザーのポケットから出したハンカチを受け取った。ゆっくりと顔全体にかかったそれを拭いた後、丁寧にハンカチを畳んだ。
「あの、これ、洗って返します」
「いや、元々は俺のせいだろ?」
「いえ、あの、そうさせてください」
 冬海はそう言って、ハンカチを片手で握った。土浦は諦めたように頷いて、ズボンのチャックを上げた。
 おもむろに練習室の時計を見上げ、あ、と気付いたような声を洩らす。
「もう時間だな。そろそろ、出るか」
「は、はい」
 冬海は床に放置されていたクラリネットを持ち、唾液でてらてらと光るマウスピースを見つめた。そうして、土浦が自分にさせたことの意味が、ようやく分かった。
 自分がこれを舐めている間、土浦は一体どんなことを考えていたのだろうか。想像すると、顔がかあっと赤くなった。同時に、自分たちが先程までしていたことを思い出し、身体全体が発火するように熱くなっていくのを感じた。
「冬海? 出るぞ」
「あっ、は、はい!」
 土浦は既に帰る準備を終えたらしい。冬海は慌ててクラリネットをケースにしまうと、鞄を持って、外へ出た。そういえば、と冬海は心配になって、出る前にもう一度部屋の中を見た。自分たちの行為の痕跡が残ってはいまいかと思ったのだが、土浦が始末したらしく、痕跡は残っていなかった。ほっとして、冬海は完全に扉を閉めた。
 ――その練習室に立ちこめた、濃厚な交わりの匂いにまでは気が付かなかったのだけれども。
(2010.3.11)
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