ふたたび

 放課後、冬海が楽譜を抱えて予約していた練習室に向かうと、そこにはまだ誰もいなかった。扉をゆっくりと閉め、ふう、と一息吐いて楽譜をピアノの上に置く。
 今日は冬海が一人で練習するつもりでいたのだが、伴奏が必要だろうと言って、土浦がその役を買って出てくれたのである。その土浦はまだ来ていない。冬海はクラリネットのケースを床に置き、しばし土浦を待つことにした。
 部屋の中は静寂そのものである。防音加工のなされた練習室から、音が漏れ聞こえることはほとんどなかった。冬海がついた小さなため息も、音になるかならないかのところで壁に吸い込まれて消える。
 待つ間、冬海は土浦のことを考えた。以前一緒に練習したのはいつだったろう、と考えたところで、あることを思い出して赤面する。
 以前の練習。それは冬海にとって、決して忘れられぬものだった。
 土浦のなすがままにされ、身体を火照らせ、熱のこもった息を吐く。あちこちへ手が伸ばされ、舌でいやらしく撫でられるだけで、冬海の身体はびくびくと震えた。どうしてそうなったのかは思い出せない。だが、そこで土浦にされたことなら、今でもはっきりと思い出せる。
 冬海はいつの間にか、顔だけでなく身体まで熱くなっていた。太股をすり合わせて、一番敏感な場所が濡れそぼっていることに気付く。冬海はすっかり冷静な思考を失い、そのことしか考えられなくなってしまっていた。
 ――少しだけなら……
 冬海は扉のガラス窓から外を覗いて誰もいないのを確かめると、部屋の隅に行き、壁と向かい合った。羞恥と戦いながらも、そうっと下へ手を伸ばす。自分の敏感な場所は、自分が一番よく知っていた。湿った下着の間から指を伸ばし、ぬめった場所を指の腹でゆっくりと押す。
「あぁっ……」
 冬海の口から艶っぽい声が漏れる。一度触れた後は、もう羞恥心など完全に飛んでしまっていた。ゆっくりと花弁をなぞる。愛液が滴り落ちて指に絡みついた。背筋がぞくぞくと震えるたび、冬海は我慢できず声を洩らす。
「……はぁっ、あぁっ……」
 足が快感を支えきれずにがくがくと揺れる。そのままへたりこんでしまいそうになった時、強い力で身体を押さえられた。冬海がはっとして顔を後ろに向けると、普通科の制服とネクタイが見えた。
「手伝ってやろうか?」
 聞き慣れた声。冬海ははっとなり、急激に身体中の温度が上昇した。
「つ、土浦せ――」
 最後まで言い終わらぬうちに、やや太い指が冬海の下着の中へ侵入する。愛液でびっしょり濡れた冬海の細い指を押しのけ、禁断の泉に到達した指は、容赦なく冬海を責め立てた。
「ひぁっ、やぁ……!」
 やめてください、と言おうとしたが言葉にならなかった。腕はがっちりと土浦の手に掴まれ、敏感な花弁には休む間もなく指の腹を押しつけられる。
 耐えきれなくなった冬海の口からは何度も何度も熱のこもった声が吐き出された。同時に、耳の裏を襲う暖かな息。
 土浦の下半身が冬海の背に押しつけられた時、彼も興奮しているのだという事実を今更ながら思い知らされた。
「すごく濡れてるぜ、ここ」
「……やぁ……」
 言葉にならない。抗おうとして身体を揺するも、その力は更に大きな力によって抑えられ無駄に終わる。つ、と太股に粘っこい愛液が滴った。土浦の指が更に激しく動いた。
「ひぁ、あっ、つ、つちうら、せんぱい……あぁぁっ!」
 愛する者の名前を叫びながら、絶頂に達する。
 その冬海の渾身の叫びすらも響かせず、壁は静かに声を吸い込んでしまった。加工のなされたその壁が好都合だったと安心するのは、それから数分経った後のことであった。
(2010.3.11)
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